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zoom RSS 「教育されるクレオパトラ」B・ショウの戯曲 "シーザとクレオパトラ"が描く新しいクレオパトラ像

<<   作成日時 : 2016/05/14 00:10   >>

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新しい、といっても、この戯曲が書かれたのは1901年なのでむしろ"古い"と言うべきか。
岩波文庫は既に絶版となっている(´・ω・`) ちなみに同名の映画とは別モノである。

シーザーとクレオパトラ (岩波文庫)
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バーナード・ショウ

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ここでいうクレオパトラとは、もちろん、エジプト最後の王クレオパトラ7世のことだ。
絵画、映画、音楽、小説と「クレオパトラ」像は様々にあるが、ほとんどは彼女を狡猾で妖艶な女王として描くだろう。しかし George Bernard Shaw だけは違っていた。彼はクレオパトラを、何も分からぬ小娘として描き、その彼女が老獪な独裁者であるシーザーのもとで"女王"へと成長していく姿を描いたのである。

この戯曲の中の年齢設定は、シーザー50歳、クレオパトラ16歳ということになっている。クレオパトラがシーザーに会ったのが何歳だったのかは諸説あるが、確かに年齢をギリギリまで下げればこのくらいでもアリだろう。女王とは名ばかり、まだ乳母から離れられない小娘であった彼女は、さいしょシーザーに命乞いをする。しかし、女王なら立派にしているべきという教育を受け、威厳を身につけていく。

シーザーはクレオパトラに誘惑されたのではなく、信頼関係に結ばれた師匠と弟子、あるいはこれは光源氏の紫式部計画なのだろうか。はたまたマーリンとニミュエの如く、途中からは利用されていたのか…。クレオパトラを無力な小娘として描く作品は滅多にないので、斬新である。


結果としてみれば、クレオパトラはシーザーとの間に子を生んでるわけなので、「やることはやってる」男女の関係だったのは間違いないのだが、しかし、出会った頃のクレオパトラは、もしかしたらこの作品に見られるようなただの少女で、のちに女王としての風格を見せていくのはシーザーに受けた教育だったのかもしれない… そんなことを考えてみると、楽しくなってくるではないか。


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本が絶版で手に入りにくいが、全体の雰囲気はこんなのでもわかる。(pdf)

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いやーこれ誰か少女マンガの花飛び散る系の絵柄でやってくんないかな…
じゅくじょ系はもう飽きたんで、たまにはロリータなクレオパトラめっちゃ見てみたいですウッフ

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