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zoom RSS 「文化財難民」の意味 "アフガニスタン さまよえる国宝"

<<   作成日時 : 2016/05/01 00:10   >>

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こないだアフガニスタン展に行ったので、それ関連の本を読んでみた。あんまり無いのかと思ったら意外とあった。ただし図書館でのジャンルは「歴史・考古学」ではなく「美術」である。

アフガニスタン さまよえる国宝 (NHKスペシャルセレクション)
日本放送出版協会
井上 隆史

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この本が出たのは2003年。2001年と2002年にNHKスペシャルでアフガニスタンの失われた文化財についての放送があり、2002年には東京藝術大学でもアフガニスタン展があったという。その流れだろう。

ちなみに東京芸術大は、今回のアフガニスタン展にも合わせて、特別展を開催している。
会期は6/19まで。公式は以下のページ。
http://www.bamiyan-hekiga.com/



この本を読みながら、アフガニスタン展に感じていた違和感の正体に思い当たった。
「自らの文化が生き続ける限り、その国は生きながらえる」というフレーズと、「アフガニスタン人の遺産」という言葉が並べられていたので、ここでいう「自ら」は「アフガニスタン人」だと思った。たぶんそれは正しいだろう。しかし本当はそうじゃないんである。

 アフガニスタンという現在の国名ではなく

 地域名を使うべきだった。


たとえばヒッタイトの文化財を「トルコ人の歴史、我々の文化だ」と言われたら「???」ってなると思う。
しかし「アナトリアの歴史、我々の文化だ」なら「そうですよね」になる。

ヒッタイトは、現代の国境の切り分けからいうとトルコという国に属するが、トルコという国の成り立ちや歴史とは直接関係ない。トルコの国名の由来になっているテュルク人はヒッタイトが無くなったはるか後にやってきて、そこに建国した。そして、かつてヒッタイト帝国のあった場所に住んでいる人のほとんどは、テュルク人ではなく、様々な民族が入り乱れている。

だから「ヒッタイトの文化はトルコ人の文化だ」と言われたら「いやいやねーよ」と思う。
しかし地域名として「ヒッタイトの文化はアナトリア人(そこに住む人々)のものだ」と言われたら納得する。

現在アナトリアに住んでいる人たちは、ヒッタイトの遺跡と何千年も同居してきたのだし、その一部も受け継いでいるし、もしかしたらヒッタイト人の子孫も少しは混じってるかもしれないのだから。


使うべきだった地域名は、たぶん「バーミヤン」とか「ガンダーラ」になるのだろう。ガンダーラだと隣のパキスタンにまたがる地域名になるが。アフガニスタンの財宝を展示するのだから「アフガニスタン展」という名称はいいにせよ、展示内容はアフガニスタン人の遺産ではなく「今アフガニスタンと呼ばれている土地にかつて発展した様々な文化のもの」だから、やっぱり何かちょっとタイトルやキャッチコピーが巧くないなと思った。



え? お前めんどくせぇ?
そんなのどうでもいい?

いやあ、現在の国境と古代の国境や文化の境界は一致しないって話をしたかっただけなんですよ…。
何千年も前の文化領域と今の国境がだいたい一致してるエジプトとか日本は、たぶん稀有な例やね。




さてこの本、まずは、これからアフガニスタン展に行こうと思っている人に予習として読んでもらうことをオススメする。

会場のあるいくつかの展示物、ティリヤ・テペの黄金製品や、日本から返還されようとしているゼウス像の足、バーミヤンの壁画などが、一体どうやって本国で保存されてきたのか、あるいは日本に持ち込まれたのかが分かるからだ。取材班は密輸ルートを丹念に追っている。地元民が盗掘してマーケットで売りさばいているものや、国境を越えてパキスタン経由で持ち出されようとしているもの、さらには外交官の荷物に紛れてノーチェックで国外へ持ち出されているルートなど「うわぁ…」という内容が沢山書かれている。大半はそのまま闇へと消えてしまっただろうが、運よく東京で再会することの出来たものもある。それが、今回のアフガニスタン展の最後に展示されていたものたちなのだ。

この本の出た当時、日本はまだ、ユネスコの文化財保護の条約に批准していなかったという。
その条約には「盗まれた文化財を輸入しない」「盗まれた文化財と分かった場合には元の国に返還する」といった内容が入っていた。これに批准していなかったから、日本に持ち込んでしまえば合法的に取引出来た。だからアフガニスタンで闇マーケットに流れた多くの美術品が、東京に流れてくることになった。

しかし同時に、ユネスコの職員は分かってて「ホンネとタテマエ」でそれをみていたところもあるという。
日本に流れてくれば、少なくとも破壊されることはないからだ。

「盗まれた文化財を輸入してはいけない」という条約に批准している国では、まず文化財を持ち込めない。そして持ち込まれたら、当時まだ安全ではなく、文化財を保護できる場所もなかったアフガニスタンに戻さなければならなくなってしまう。

つまり日本がアフガニスタンからの「文化財難民」を引き受けられたのは、出自の怪しい文化財の持ち込みOKで、かつ仏教国なので仏教ものの美術品に感心が高かったため、盗掘品の輸入ルートが確立されていたからなのだ。

いずれ返還するために保護されたものなんてごく一部で、多くは個人コレクターの手元に流れて個人所有物になってしまったのだろうが、まぁ、悪いことばかりではなかったという話。結局は法律ではなくそこに住む人次第なんだよね…。




この本が出てから、10数年。
あの時、先の見えなかったアフガニスタン情勢は、今では少しはマシになってきている。そして日本で時を過ごしてきた「文化財難民」たちは、ようやく故郷へ帰る。


文明の十字路、という言葉はアフガニスタン展でも掲げられている言葉だが、何より見てきてもらいたいのは

 文化は現在の国境とは関係ない

ということである。展示品の中には、ギリシャ・ローマとインドとアジアの文化がちゃんぽんになっている。仏教もあればメソポタミアの神もいる。エジプト産の壷があって、アレキサンダーがいて、ブッダと遊牧民族がいる。世界地図を開けば、いかに多くの、そして離れた土地が一つの遺跡の中に繋がっているか分かると思う。

文化遺産は今ある国や特定の民族だけの遺産じゃない。世界は繋がっている。我々みんなのものだ、と思ったほうがいい。他国の文化を尊重するということは、自分たち人間の文化を尊重することで、つまりそれは人類の存続のために成されるべきことだ。

 「自らの文化が生き続ける限り、人間は生きながらえる」

というのが、本当に大切なことだと思うのだ。

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