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zoom RSS ボスニア紛争に見る報道の偏向、「記者は何をしなかったのか」「これから何を成すべきか」

<<   作成日時 : 2016/02/01 00:10   >>

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"「そうなんだよ」とカラマンは言った。「何年もまえにレバノンが分裂するのを見て、ぼくたちは言ったものだ。"あそこは中東だからね。過激なんだよ"とね。それから、ドゥブロニク(クロアチア南部の市)が炎上するのを見ても、"ぼくたちのサラエボはちがう"と言った。みんな本気でそう思ってたんだ。ふたりにひとりは異民族同士の結婚で生まれた子であるこの国で、この街で、どうして民族紛争が起きるんだって。誰も教会なんかに行かないこの街で、どうして宗教戦争が起きるんだって。ぼくにとってもモスクは祖父母の時代の古風で趣のある博物館みたいなものでしかない。」

「古書の来歴」ジェラルディン・ブルックス"



小説ではあるが、ボスニア紛争(ユーゴ内戦)について、住民の口を借りて端的に述べている。
多民族国家として成立していたユーゴスラヴィア、その崩壊の最終段階は、隣人同士が殺しあう悲惨な戦争だった。後述する参考文献では、インタビューされた人々は口を揃えて「誰が敵かも分からなかった」と言っている。

最終的な勢力を見れば、争いはイスラム教徒の「モスレム人」とキリスト教徒の「クロアチア人(カトリック)」と「セルビア人(正教系)」の三つの陣営に分かれて行われた。だが、そもそも異民族同士の結婚が当たり前で、民族アイデンティティの希薄だった場所で、どうして「宗教戦争」「民族戦争」など起きるのか。冒頭の小説の登場人物が言っているとおりだ。私もそれが不思議だった。だから調べに行ってみた。


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ボスニア紛争の起きた90年代の報道のことは、当時まだ子供だったせいもあってか、記憶には何も残っていない。湾岸戦争は辛うじて覚えているから、たぶん当時の日本での報道の比重として、ユーゴスラヴィア連邦の崩壊より湾岸諸国と石油の値段のほうが重かったんじゃないかなと思う。

その、ほぼ真っ白な状態で、ふと「昔サラエボで戦争があったよな、あれはどんな戦争だったのかな…」と考えたとき、真っ先に思いついたのが、キリスト教徒とムスリムとの戦いだった。それならば世界中でおきている、ありふれた戦いの理由だ。
だが現実は違っていたようだ。


 ボスニア紛争は「情報戦争」である。


この言葉を見た時に、長年それなりに平和的に共存していた多民族国家がなぜ突然崩壊したのかという疑問の裏に隠れていた恐ろしい真実の一端を知ってしまった。


紛争の真の原因は、おそらくユーゴ連邦内の経済格差である。
同じ国の中にあって貧しい地域と富める地域がある。その地域に多く住んでいる民族に当てはめて、民族対立の構図を作る。「われわれ」と「あいつら」は違うのだ、と思い始める。それを利用して政治家たちが票を集める。
他国の思惑やその他の要因などが複雑に絡み合っていることを除けば、たぶんこれが最もシンプルな骨子だろう。

実際にはユーゴスラヴィアに住んでいた人々の言葉はほとんど同じだし、民族的にも混血が進んでいて明確な差異はない。にもかかわらず人々は、政治家とメディアによって新たに植え付けられた民族意識に従って亀裂を深めていった。セルビア側の報道ではクロアチア人によるセルビア人への残虐行為が、クロアチア側ではその逆が報道される――「われわれ」と「あいつら」を分けるために。

対立は「作られた」ものだった。そして、作られた対立はさらに、外界において、それぞれの国のメディアによって都合よく再解釈されていく。


ただ問題なのは、その「再解釈」は、そもそも一部メディアだけが一時ソースを作成し、各国メディアが意訳という、二重に取捨選択された状態となっていたことだ。

"世界の報道に目を向けてみれば、ロイター(米)、AP(米)、AFP(仏)の欧米国際通信社3社が、国際報道の配給を事実上コントロールしている現状であり、これらがグローバルな国際報道の第一情報を供給している。

「ボスニア紛争報道 メディアの表象と翻訳行為」 みすず書房"



その内容が欧米に都合よく書き換えられているというのは当然のことだろう。最近はネットニュースがあるから現地新聞社が出している記事などを生のまま手に入れることも簡単になったが…それでも言語が英語以外の場合は敷居が高そうだ。

日本から特派員が送られている場合でも、英語しか喋れず、現地コーディネイターの用意したインタビュイーに形だけインタビューして、コーディネイターの翻訳した内容だけ手にして戻ってくるというような状況もある。もちろん、現地コーディネイターが用意するのは、その国の政府にとって都合のいいことを喋る人だけだろう。また翻訳者を介するということは、都合の悪い情報は翻訳者の判断でカットされている可能性もあるわけだ。

上記の悪いところを全く考慮せず、「現地に行った」というだけでドヤ顔で書かれたのが「戦火のサラエボ100年史」という本だ。記者というものが、いかに無意識に偏向報道をするか、という好例になっている。インタビューに応じているのが見事に社会的地位の高い「選ばれた」人々ばかりで、どう考えても意見は偏っているのだが、それに気づいた様子もなくて頭を抱える。

"メディアの伝える報道は「現実」そのものではない。メディアは、社会で生起した出来事を秩序づけ、編集し、再構成し、「物語(narrative)」として視聴者に提供する"

という「ボスニア紛争報道」の指摘を読んだあとだと、まさにそのとおりのことをやっていて、半笑いになる。
まぁ、朝日の国際報道には最早何も期待はしないが(笑)




紛争当時、国際メディア(実際には欧米メディア)が作り上げたストーリーとは、「セルビア人の民族主義者たちは悪だ」「ゆえに倒すべし」というものである。

報道は、ミロシェヴィッチという魅力的な悪役を作り上げた。そしてサラエボ紛争に続くセルビア国内でのコソボ紛争のあと、ミロシェヴィッチ政権を倒し、国際裁判(実際は有罪が確定しているような裁判)にかけ、獄死させることで決着をはかった。

これは、イラクでフセインが、リビアでカダフィが倒されたときとほぼ同じ構図である。シリアでもアサドが同じように「悪」と決め付けられて倒されようとしていた。(そのアサドが難民を保護していたことなどポジティブなニュース報道されなかった。)

そして、実際のボスニア紛争ではセルビア人以外の勢力も同じように残虐行為を行っていたのに、そのことは報道されないか、あまり重要ではないニュースのように扱われた。シリア反政府軍が行った略奪行為や、イラク正規軍がISから取り戻した町で破壊行為を行ったことが殆ど報道されないのと同じである。


誰が悪か分からないよりは、絶対悪がいたほうが確かに戦争は早く終わる。
しかし、悪役呼ばわりされたほうはたまったものではない。それに、その時は戦争が終わったとしても、後々まで引きずる禍根になるのは言うまでもない。更に言えば、報道者自身が自分たちで行っているメディアコントロールに気づいていないというのは無責任の極みだ。特にボスニア紛争のように、メディアが煽った民族意識が火がつくキッカケになっている場合などは。



ボスニア紛争から25年。

今の時代は、通信技術の発達により、メディアによる情報の統制が昔ほど容易ではなくなっている時代である。記者が自ら現地に行かなくても、現地住民自身がスマホ片手にFBを通じて情報を発信してくることさえある。しかし逆に今度は、情報が多すぎて真偽の見分けがつかないとか、取捨選択が行えないといった状況になりつつある。

シリア内戦の早期収束の失敗は、「アサドは悪」とする情報戦に世界メディアが敗北したことも意味する。と同時に、メディアを利用するISのような国際犯罪組織との新たな戦いも意味する。そしてこの「情報戦」に世界メディアは勝利することが出来ないでいる。それも当然だろうと思う。今までの情報戦は、弱い相手を一方的に断罪し、フルボッコにしていただけだった。ジャーナリストはマジメに強大な敵と戦ってこなかった。

一次ソースにおんぶにだっこして、現地取材に行ってもどこにインタビューするかは現地コーディネイター任せで自分はホテルから出ない、というような態度でも報道者を名乗っていられた時代は、そろそろ終わりにする時だろう。

先に挙げた「戦火のサラエボ100年史」の記者がやるべきだったのは、ドヤ顔で日本の70年前の戦争の反省などではなく、情報を発信するだけなら一般人がいくらでも出来るこの時代において、プロの「ジャーナリスト」がやるべきことは何なのか、という自己反省であった。現在発生している戦争取材において、自分が何をすべきかを語ってほしかった。



 【報道は現実に起きていることではなく、報道者が作り上げた"ストーリー"である】

そもそも先の戦争において、国民をストーリーに乗せて戦争へ煽り立てたのがメディアなのである。サラエボ紛争でもそうだった。中二病っぽくいうと、「作られた世界に抵抗せよ」。そして、他者を安易に悪者としようとする物語には乗らないことだ。


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サラエボの戦火を潜りぬけた実在する古書、「サラエボ・ハガダー」を巡る小説。綿密に取材されていて古書・美術好きなら最高に楽しめる本。冒頭に引用したのはこの小説から。


ボスニア紛争報道―― メディアの表象と翻訳行為
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坪井 睦子

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前半でボスニア紛争とその報道のあり方の概要、後半で実際に行われた報道と問題点を指摘していく。海外メディアの報道から日本メディアへの翻訳の比較などもあり、意味合いが変わっていく過程がとてもよく分かる。現在の報道でも状況はほぼ同じだろう。


戦争報道 メディアの大罪―ユーゴ内戦でジャーナリストは何をしなかったのか
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ピーター・ブロック

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メディア関係者は眉を顰めて嫌がると思うが、現実を突きつけてくる本だ。
「和平交渉が始まろうとすると、タイミングを計っていたかのように戦争当事者の一方だけを陥れる情報が、事実関係を確認しないまま大量に欧米メディアから流される。いずれの勢力も同様の残虐行為を行っていながら、戦争犯罪人として告訴されるのは一勢力だけだ。」
本の紹介にあるこの文が全て。戦争の「悪」は誰かの都合によって作られている。


戦火のサラエボ100年史 「民族浄化」 もう一つの真実 (朝日選書)
朝日新聞出版
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上記2冊のあとに読むと半笑いしか出てこない本である。今の世の中ですらメディア関係者がこの程度の意識とは頭が痛い。もちろん自分の力不足に対する反省など一言も出てこない。ダメダメな本の例として比較対象にする程度だろう。

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