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zoom RSS 現代の世の中に「アッシリア人」が存在する件について

<<   作成日時 : 2016/01/05 00:10   >>

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トルコの少数民族のリストの中に「アッッシリア人(Assyrian)」という項目を見つけて「??」となったところから、この話は始まる。実際どのくらいの数が住んでいるのか分からないが、同じくトルコ内での"少数"であるクルド人の居住地に重なるように分布しているという。問題は彼らが古代のアッシリア帝国の末裔であるか否かだ。

アッシリアは、地域としてはメソポタミア(イラク)のバグダットより北の地名である。だいたいそこらへんにかつてアッシリア人の帝国があった。
国としてのアッシリアは紀元前2500年あたりから、紀元前605年まで存在し、その後、新バビロニアに併合される。
ちなみに"アッシリア"という名前は、アッシリアの最高神であった「アッシュル」が由来となっている。

というわけでアッシリアの中心部はイラク北部であったわけだが、帝国最盛期には現在のシリアやトルコあたりまで勢力圏は伸びており、トルコのアナトリアでは、ヒッタイト帝国が築かれる以前にはアッシリアから来た商人が各地の村落に住み着いていた痕跡がある。これは現在の"アッシリア人"の分布図と相違しない。分布だけ見れば、現代の国境に因って各国に分かれてはいるものの、古代のアッシリア人の子孫が今も住み続けているように見える。

ただ、彼らが本当にアッシリア帝国の子孫なのかどうかが分からないのだ。英語版のWikipediaを見ると、一応繋がっていることになっている…ようだが、現代のアッシリア人についての日本語の資料が見つからなくて詳細が分からない。

https://en.wikipedia.org/wiki/Assyria 

西アジアの古代文明としてのアッシリアの本ですら少ないが、それらの本も一切、現代のアッシリア人に言及していない。アッシリアは滅びた国だと思ってたら、実はその国民がまだ存続しているかもしれないというね。言われなきゃわからん。


ちなみに現代のアッシリア人はキリスト教徒、それも正教系である。ネストリウス派で非カルケドンといえば、詳しい人は分かると思う。かつてエジプトのアレキサンドリアと並ぶ権威だったアンティオキア(シリア)は、アッシリア人の生活圏にある。ローマを頂点とするカトリックとして編集される以前の原始キリスト教の時代に改宗したキリスト教徒なのだ。だから彼らが古代のアッシリアの子孫だったとしても、アッシリア時代の宗教は残っていない。

古代エジプトの子孫たちも一時期は非カルケドンの原始キリスト教に改宗した。しかしその流れを汲むコプト教(エジプトローカルなキリスト教)を現在も信仰している人は少ない。残りはイスラムに改宗して「アラブ人」となった。
たぶん、現在の「アッシリア人」も、キリスト教徒として残った人がそう名乗っているのだと思う。イスラムに改宗したアッシリア人たちは、同じく改宗した古代エジプト人の末裔たちと同じように、みな「アラブ人」になってしまったはずだ。

エジプトのコプト教徒は、古代エジプトの名残りとして、コプト語を持っていた。
死語になり、今では儀式にしか使われていない言葉だが、古代エジプト語のれっきとした子孫である。

もし現代アッシリア人が古代のアッシリア人の子孫だったら、同じように何か、証となる文化を伝承しているのではないかと思うのだ。その何かが…言葉なのか風習なのか分からないけど…知りたい。知りたいけど資料が全然ないから困っているのが現状である。

英語で探せばなんか出てきそうではあるんだけどなー、不得意な言語で専門的な文書とか出てきてもたぶん理解出来ないよねトホホ、という話…。

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