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zoom RSS 日本の埴輪はエジプトのシャブティ像とは意味が違うという話。

<<   作成日時 : 2016/01/17 00:10   >>

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なんかエジプト関連でちょくちょく見かけるのが、「シャブティ像は日本でいう埴輪である」っていう言説。
でもこれは間違い。両者の間には、"埋葬に伴うもので人型の焼き物がある"っていう以上の共通点はない。

しかも埴輪っていうと人の形してるものがイメージしやすいんだけど、実際のところ人型をしているものはごく僅かで、埴輪が作られていた時代の終わりのほうになってようやく出現するようになるモノなのだ。

というわけで、日本の埴輪は死者の召使いではない(※)のでエジプトの埋葬用召使い人形・シャブティとは全然違うモンなんだよ、という話をしてみたいと思う。

※正確に言うと文字記録が無いため日本の埴輪の用途や思想は完全に明らかになっているわけではないが、使用されている状況や現在の主要説からすると、この部分は断定していいと思う。


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まずエジプトのほうで、シャブティ像について説明する。
シャブティ像というのは↓こういうカンジの、墓に入れる人形。

画像



シャブティ像については、死後の世界で墓主に仕えるための召使い人形であることが文字記録からハッキリしているので用途について不明点はあまり無い。

しかし何故か「殉死者のかわりに作られ始めたのでは?」という説があり、「だから日本の埴輪と意味が同じなのだ」と語られることがある。・・・というのがそもそものこの記事の出発点だが、この説については、大きく二つの間違いが含まれていると考えられる。


●シャブティ像は殉死者の代わりではない

古代エジプトの王朝初期の頃は、殉死の風習があった。
そのため、シャブティ像は殉死者の代理として作られるようになったという考えの先生もいるのだが、私はそれは違うと考えている。なぜかというと殉死の風習が廃れてから、シャブティ像が本格的に使われはじめるまでの期間が開きすぎてるからだ。

つーか初期には人間だけじゃなくて動物も殺して生めていたわけなので、人間の変わりに人型を作ったなら動物の代わりに動物模型も同時に作り始めていないとおかしい。

 シャブティ像と殉死の習慣/古代エジプトにおけるシャブティ像の位置づけとは
 http://55096962.at.webry.info/201405/article_23.html


●日本の埴輪も殉死者の代わりでは無い

埴輪が殉死者のかわりと言われるようになったのは、「日本書紀」の中に、"垂仁天皇の時代に殉死者を埋めたが、あまりに悲惨であったため、その皇后の亡くなった時にはかわりに立物(人物埴輪)を作った"という記述があることに由来する。しかし日本書紀の記述は埴輪の発展の歴史と合致せず、後代に作られた間違った伝承だと、現在では考えられている。

実際、埴輪の中には人物を模したものが割合として少なく、人物埴輪が作られはじめるのは埴輪時代のかなり遅い時代(5世紀)。最初に作られるようになったのは円筒型のものなので、殉死との関連は薄い。また、人物埴輪が作られている時代になっても、ときおり小規模な殉死と埋葬が行われていたようで、「殉死者の代理」という役割は果たしていない。


というわけで、「シャブティ像は殉死者の代わりでは無い」し「日本の埴輪も殉死者の代わりでは無い」ので、両者の意味が一致しないのだ。では日本の埴輪の役目は何なのか?


日本の埴輪の役目は

 「境界を形作るもの」
 「死者を見守るもの」
 「生と死の世界を分かつもの」

…といったものだ。


●埴輪とは古墳の周りに並べられるもの

古代エジプトのシャブティ像、中国の兵馬俑など、墓の「中」に収められる人型像は、おそらく多少の意味合いが違えど「死者に仕える」「随行する」という意味を持つと思っていいと思う。

しかし日本の埴輪は、墓に入れるものではない。
「上に」並べるものなのである。それも墓=古墳を取り囲むように。

初期から一貫して登場しつづける埴輪は、壷など器を置く台から発展した"円筒型"である。

画像


これがビッシリ、古墳を囲むように埋め込まれている。「境界を形作るもの」という言葉のイメージがつくだろうか。日本神話において死者の国は穢れた場所、生きた人は行きて帰れぬ場所とされている。これは、死者の国と生者の国をわかつための道具だと考えられる。
ちなみに、仁徳天皇陵では円筒埴輪が98%を占めるという。ほとんどが「境界」用の埴輪なのだ。


時代が進むと、まず動物や家の形をした埴輪が現れはじめ、これも古墳の上に並べられる。さらに時代が進むと人型のものが現れる。しかし前述したように割合としては円筒のものが大半で、それ以外はとても少ない。とすると、具体的なモノの形をとった埴輪の意味するところは何か。

なにぶん文字記録が無く、研究者によって意見は異なるが、

 ・死者の世界の見張り役(役人、戦士の形をした埴輪)
・死者への供物もしくは死者の世界の再現(ニワトリ、ウマなど動物埴輪)
・埋葬儀礼を再現したもの(舞いを舞う、楽器を演奏するなどの人物埴輪)
・死者の生前を偲ばせる場面の再現(外から見える位置に置かれた人物埴輪)

などが考えられている。

これらはあくまで、円筒埴輪の作る「境界」が機能している内側に置かれる付随的なものだ。死者の国の住人として置かれた可能性はあるが、死者に仕えるものという意味合いはなさそうだし、全体を見る限り殉死者の代わりとは言えない。


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というわけで、日本の埴輪はシャブティ像とは全然意味違うんだぜっていうことがお分かりいただけたであろうか。
あと「王の墓と奉仕する人々」っていう本の中で、日本の埴輪と中国の埴輪の違いについて面白い部分があった。

杉山
日本の前方後円墳の埋葬施設の上に家形埴輪があるというのは、中国・漢代の皇帝陵の上に建てられた建物の模倣であるという考えはできないのでしょうか。

上野
見たままで判断すると、直接結びつけることは難しいのではないかと私は思います。

杉山
中国では、一時期、墳丘の上に本物の建物を建てて、食べ物を運んでいたのです。そのときの建物を見ていたりして、日本で小さく埴輪の家にしたと考えるのはどうでしょう。

車崎
中国では、寝という建物を墳丘の上につくりました。毎日そこへ参ったのです。<中略>しかし、埴輪にはそういう細部の表現がないし、日本の古墳では埋葬後に入ることはなかったと思うのて、他人の空似だと思います。


中国→日本で流れ来る文化があった一方、流れてこなかった文化もある。(当たり前だが。)
似てるものがあるからと、なんでも大陸からの影響だと即変換してはいけないということだ。兵馬俑に入れられてるアレと日本の埴輪は、似てるようでも別物。そもそも日本の埴輪は墓の「中」には入れてないからね…。


この本の中ではアステカ学者とエジプト学者も出てきて話とかしてるんだけど、なんかあんまりお互いの知識や意見を交換してる感じがなくて、別々のジャンルとして言いっぱなしになっちゃってる感じなのが残念。もうちょっと日本とエジプトの死後の世界観の相違とか掘り下げてくれれば面白くなったと思う。

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<おまけ>

「シャブティ」と「シャワブティ」と「ウシャブティ」の違いを調べてみた。
http://55096962.at.webry.info/200909/article_2.html

本によって名称が違うが、シャブティというのがメインの呼び名で、その後、時代によって名前が変わっていったものらしい。

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