現在位置を確認します。

アクセスカウンタ

zoom RSS ISってなんでカルト扱いじゃないの? っていう疑問

<<   作成日時 : 2015/11/23 00:10   >>

トラックバック 0 / コメント 0

二十年ほど前、日本ではオウム真理教によるテロ事件があった。
オウムの教えは仏教を一部なぞりつつ、仏教とは本質的に異なる、全くの別物だった。オウムはカルト教団と呼ばれ、本来の仏教や仏教徒と混同されることは絶対になかった。(海外の報道でもそうだった)

なのに、いま世間を騒がせている自称「イスラム国」ことISは「あれは本当イスラムじゃない」とわざわざ注釈がつけられ、カルトと呼ばれることがほとんど無いように思う。

 なんでなんだろう?

こんなことを思いついたのは、心理学の本を漁っていたときだった。オウムに絡む一連の事件があった頃、日本語の心理学の本では「オカルト」や「マインドコントロール」という単語が頻繁に飛び交っていた。時代の流行というやつである。いかにして人はカルトにハマるのか、どのようにして過激な行動に走るようになるのか、といった内容が議論され、低俗でありきたりな結論に走るものから、過去のカルト教団が起こした事件などからデータを引いてマジメに考察するものまで様々なものが出版されてといた。

ISに関していうならば、そのような精神面からのアプローチ本はあまり見かけないような気がする。社会構造や歴史と絡めて語られるものはあっても、IS自体を「イスラム系カルト」と位置づけ、自爆テロを地下鉄サリン事件と関連づけて語ろうとするような人を見かけない。

オウム真理教に入信した人たちの中には高学歴者が多くいた。ISもそうである。
またインターネットなど各種メディアを通じた宣伝をしていたことも、初期には一部知識人による熱心な援護が行われていたことも、若者たちが傾倒していたことも、そして最終的に大量殺戮というテロに走ったことまで、共通点は多くある。欧州からISに参加するために家出した若者たちがいたことを思い出してもらいたい。それはオウムでいうところの「出家」であり、まさに、マインドコントロールを受けてカルトに走ろうとする行為である。


ISはカルト教団だと思う。武装カルトである。
だから、それに参加する人たちの心理には、過去のカルト教団に対する研究は全部ではないにしろ反映できると思うのだ。


今、世界はテロの脅威にさらされている。武力と武力の闘争となり、カルト構成員すべてを殺害という血の解決方法だけが唯一の解決手段として考えられている。しかしながら、ISをカルトと捉えた場合、まだ比較的マインドコントロールの浅い構成員たちは離脱させる方法があるのではないかと思う。

別に話し合いで解決しろとかお花畑な話ではない。現実に、自爆テロなどで鉄砲玉に使われているのは、心理的に追い詰めらて逃げ道を絶たれてしまった若者や子供たちであることも多いからだ。テロを仕掛ける側も犠牲者、ということだ。

オウムに騙されて入信したいくらかの信者は、事件のあと、こちら側に戻ってくることが出来ている。
血で解決するしかない面もあろう。しかし全滅させる必要は必ずしもないのではないか。なんか、カルトからの脱出のノウハウを使ってうまいこと勢力が削げないのかなぁ。
そんなことを思ってみた。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ISってなんでカルト扱いじゃないの? っていう疑問 現在位置を確認します。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる