現在位置を確認します。

アクセスカウンタ

zoom RSS テル・ダン・ステラとダビデの実在の研究/同じ史料なのに見方が正反対…

<<   作成日時 : 2015/10/06 00:10   >>

トラックバック 0 / コメント 0

前に「エジプトにはダビデの実在を証明する証拠なんてないんだけど…」というツッコミを入れたときに紹介した、テル・ダン石碑。その後ふとしたことから、この石碑の読み方には実は複数通りがあり、ダビデの実在を証明しないとする説もあるということを知った。

ダビデ」はダンで発見されたか? : テル・ダン碑文をめぐる最近の聖書考古学上の論争について
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/46573/1/31_47-51.pdf

※リンク先はPDF


「最近の」となっているが、石碑の発見が1993年、これが書かれたのは1996年。
だが、石碑のかけている部分はまだ見つかっていないので、その後大きく説が変わっていることはないと思われる。

要約すると、「ダビデの家」の部分は、「ダビデ」ではなく「ドード(ヤハウェの称号)」とも読むことが出来、だとすればヤハウェを奉ずるダンの近くの町か聖所のことを指しているとも理解できる、というのだ。ふむむ、という感じである。



本文中で「中傷さながらの批判の応酬」とあるが、聖書に絡む内容の考古学的世界は、現在でも非常にセンシティブである。

聖書は実際の歴史であるとし、聖書の内容を証明するために考古学をやってる学者たちは、発見したものをなんでも聖書に結びつけようとする傾向にある。

逆に聖書はデタラメだと思っている学者たちは、それをやや強引な言説も使って片っ端からけなしていく。

これは聖書と宗教だけの問題ではなく、ユダヤ人国家の正当性やイスラエルの歴史にも絡んでくる部分である。イスラエル的には、当然、自分たちの「歴史」である旧約聖書は事実であってほしい。一方で、彼らが邪魔な人々にとっては、聖書は「デタラメ」であり、イスラエルの主張には何一つ正当性はないと思いたい。

テル・ダンの石碑は、まさにそうした激しい対立の真っ只中にある遺物の一つだということだ。



ただ、「ダビデの家」にしろ「ドードの家」にしろ、その名前は、ダンが戦って敗北させたとされる勢力名として登場する。
ひかえめに見ても、この石碑の破片からだけではダビデ王の実在も、聖書に記されるような大繁栄をした彼の国家も、証明出来ないだろう。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

テル・ダン・ステラとダビデの実在の研究/同じ史料なのに見方が正反対… 現在位置を確認します。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる