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zoom RSS 東京で開催中シュリーマン展 + 講演会 「シュリーマンとギリシア先史考古学の誕生」

<<   作成日時 : 2015/10/05 00:10   >>

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いいカンジに予定のつまっている10月。とりあえずこれだけは…! ということで行ってきたシュリーマン展。

http://aom-tokyo.com/exhibition/150919_schliemann.html

ド素人同然のまま突撃をかけて散々やらかしてしまったトロイの発掘(後半からは成長したようだが)、その後のティリンスの発掘で出した発掘報告書の原画や遺跡の解説。また後半部分には何故かエジプト、緊急展示ということで8月にISに爆破されてしまったパルミラ遺跡の模型と在りし日の写真も。

オリエント博物館で展示してる模型やパネルはインターンで受け入れた学生さんが作ってるらしいんだけど、今回のパネルは同人誌的な匂いのするマンガ絵…あれもしかして…そういうこと…(笑)

シュリーマンとは関係ないけど、エジプト展示部分に普段1体しかいないトト神像が二体、同じポーズで赤い眼と青い眼の二体が向かい合わせにいるので! 見るなら! 今!! <トキかわいいよトキ

シュリーマン直筆の手紙は会期中、五日間限定展示!
9/19、10/3、10/24、11/1、11/8のみ。あと3回なので見たい人は早めに行くように〜
ちなみに内容は「俺の出した本、いま品切れだから送れないの…ごめんね☆」ってカンジ。




さて展示に合わせた記念講演会は、シュリーマン伝の翻訳者、ギリシャ先史時代の考古学をやってる先生。

シュリーマン―黄金と偽りのトロイ
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アコリス遺跡の本を出してる先生でもある。この先生の話は、いつも話がすごく分かりやすい。
http://55096962.at.webry.info/201504/article_4.html

本にいろいろツッコミを入れまくったりしたわけだが、別に悪意があってじゃなくて、真剣に読んだからこそなのですよ…。



この先生はシュリーマンについては知り尽くしているので、愛ゆえにダメ出しもされるわけです。

「書いてることにはウソがいっぱいある」「病的な虚言癖がある」「ぶっちゃけあんまりイリアスとかこだわってなかった、子供の頃からトロイを見つけたかったとかウソだろう」。伝記についても、「他の学者(カルヴァート)と発見者争いになり、トロイ発掘者は俺だと主張するために出した」という辛らつぶり。ただ、「そういう困ったチャンなシュリーマンなんだけども、情熱は本物だったし、結果としていい影響を残したんだ」というのが講演のミソとなっている。

講演はまず「ギリシャ考古学で取り扱われる"古代"ギリシャと現在の国としてのギリシャは別もの」という話から始まる。これは知ってる人は知ってるだろうけど、知らない人は知らないだろうなという部分で、なるほどここから来るかーと思った。

現在のギリシャは19世紀頭にオスマントルコから独立した新参国家。ギリシャ正教(キリスト教の一派、いわゆる東方正教系)を国教としており、現在の彼らのアイデンティティがその宗教。オスマントルコから独立した後、トルコ領内に住んでいた正教徒とギリシャ領内に住んでいたイスラム教徒は住民交換された。(ただし、現在もギリシャ国内にイスラム教徒、トルコ国内に正教徒が多少残っている)

だから現在のギリシャ人には厳密な意味では古代ギリシャの末裔ではない人たちがいる。というか古代のギリシャの領域と今のギリシャという国の領域は違うしね。トロイと言われるヒサルルックだってトルコにあるし…。



西洋人にとって「古代ギリシャ」は自分たちの文明のルーツと認識されている。
そのためギリシャの遺物や遺跡に対する関心は昔から高かった。しかしそれらは主に美術品への興味であって、美術的な価値のないツボや石片のようなものは捨てられていた。状況が変わるのがシュリーマンの時代からだ。シュリーマンが「ギリシャ考古学の父」と呼ばれるのは、その一見無茶苦茶な発掘によって、時代の流れを変えたことによる。


・最初に掘ったのがヒサルルックという各時代ごとの遺跡が積み重なった「丘」であったことから、各層ごとに発掘するという考え方の大切さを知らしめた

・報告書を出しまくるスタイルによって、発掘時の状況を残す、発掘報告書を出す、というその後の流れを作った

・土器や石器のような美術品以外のものの重要性を発見した

また手記を出したり講演会をやったりとアピールに余念がなく、”結果として”、一般人の考古学への興味の拡大にも貢献している。



ただしこれらは、「そうしよう」とか「何かを変えよう」としたわけではなく、がむしゃらに動いた結果として生まれた良い効果なのだという。そこが面白い。つまりシュリーマンは、むちゃくちゃやって遺跡ぶっ壊したりもしたけれど、その中で学んでいい影響もたくさん生み出した特異な人物だったのである。

常人ならブレーキを踏むところ、アクセル踏みっぱなしで人生突き進んでいったというあたり、なるほど天才なのだろうが、まさにバカと天才は紙一重。たぶんシュリーマンを愛する人たちは、そういうバカな生き方が好きなのだろうと思う。たぶん私も、遠くから見ているぶんには面白がると思う。近くにいると、……たぶん犬猿の仲だろうなぁ私だと。

何しろ発掘を始めるにあたり最初にやったことが一人目の奥さんを一方的に離婚するという荒業である。女の敵。しかも虚言癖があって危ないのに財力と行動力だけはあるとなると、リアルな世界で考えると近づきたくないタイプ。同時代に生きてなくてよかったぜ。(笑)


さて、シュリーマンのヒサルルックの発掘は、結局のところ失敗だったと講演者の先生は言っていた。
彼はそこがトロイだと信じ込み、証拠を探していた。しかしトロイであるという証拠は何一つ見つからず(これは先に読んでいた「トロイアの真実」でも言及されていたとおり)、彼は遺跡で見つけた黄金品を「プリアモスの宝」と名づけることによってヒサルルックがトロイであったと結論づけて自分と世間を納得させたのである。


しかしそれは、ヒサルルックがトロイであることの必要十物な証拠にはなっておらず、そもそもプリアモスの宝といわれたものの発見エピソードもシュリーマンが空想で書いた物語で、実際は別々に見つかったものを一つにまとめただけなのだ。

伝記が虚構だらけであるように、発掘報告書にもおそらく嘘は混じっている。どこまでが本当なのか。
だが嘘が混じっていたとしても、発掘報告書をこまめに出し続けたこと、仕事自体には真剣に取り込んでいたことがシュリーマンの業績である。現代の感覚でいうと「そもそも報告書に嘘まぜたらあかんのちゃうの」とか思うわけだが、そのぶんをさっぴいても、先に挙げたような「良い結果」が勝るのだという。

トロイ発掘後、シュリーマンはミケーネを掘り、「アガメムノンのマスク」と呼ばれる黄金のマスクを発見する。(ただし例によって、これが本当にアガメムノンのものかどうかは不明)

ティリンス遺跡の発掘は、これらの経験のあとに行われたものだった。
つまり、発掘の難しい複雑に時代の重なったトロイでいきなり実戦経験を積んだ(そして色々やらかした)後、考古学者として成長したあとに挑んだ仕事ということになる。



展示にあった報告書の図版などは、しっかり仕事をした痕跡が残っている。感情のままに突っ走ったトロイの発掘から経験を積んで成長したシュリーマンの晩年は、確かに「偉大なる考古学者の一人」になっていたようである。

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