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zoom RSS アクエンアテンは独裁王? アマルナから発掘された労働者の骨に折檻の跡

<<   作成日時 : 2015/10/20 00:10   >>

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アマルナ時代の一般庶民は、ムチうち刑を受けていたかもしれないという話。

Spear injuries show worker life in ancient Egypt
http://www.usatoday.com/story/news/2015/10/13/egypt-cemetery-punishment-lashes-wounds/73688038/

最初のセクションにある「An ancient wall carving spells」が具体的にどれを指すのかが分からなかったのだが、古代の刑罰として「ムチで100回打って5回刺す」みたいな体罰が実際にあったのかどうかという疑問に対して、体罰を受けた形跡のある骨が見つかったのでほんとにやってたっぽいよ、という話でいいのかな。これは。

罪状は不明。ただ、発見された5人は、死ぬほどでは無いけれど骨に残るほどの体罰を受けているようだ、と。
戦いの傷ではない理由として、後ろから肩甲骨のあたりを傷つけられていて、その傷が地面にむかって俯いた状態で後ろから殴られてつくものだということ。

うーん、アマルナから出土する労働者の遺骨の研究って、栄養失調の跡が多いとか、若死にしてるとか、ケガの手当てがされてないとか、良くないネタばっかり流れてくるんだけど、ほんとに全般そんな感じなのかな?
ピラミッド建設者の遺骨からは、わりといいもん食って、ケガの手当てとかもちゃんとされてる的なことが分かるらしいんだけど…。王都アマルナの建設はブラックだったのだろうか。



こういうのを見ると、アテン信仰ってのは実はカルトに近いようなヤバいものだったんじゃないかと思えてくる。

画像


アクエンアテンはアメン神官団に権力を奪われることを嫌ってアマルナに遷都したわけではなく、わずらわしい政治や執務を全部家臣にうっちゃって、自分の好きな宗教活動だけやるための引きこもり場所がほしくて新しい理想の都アマルナを築いたのではないだろうか。

そのために民衆をコキ使い、アテン神を崇めさせていた絶対権力者たる王だとすると、アクエンアテンのイメージもだいぶ変わってくる。というか、アクエンアテンの時代、アマルナ時代のイメージも変わる。アマルナ様式に代表されるように、芸術は独自の発展を遂げた。しかし外政はボロボロで同盟国を失い、おそらく内政もあまり巧くは回らなかった。そのツケがツタンカーメンの時代に押し寄せてくるわけだ。

もし民衆をコキ使ってたのが確かだとすれば、アテン信仰が根付かなかったのは、一神教だったからとか、教義が難解だったからとかじゃなく、民衆にとってその神が"良いもの"ではなかったからなんだろうなあ…。




と、考えたあとで、アテン賛歌を読んでみると、「狂王アクエンアテン」の名が脳裏に過ぎる。
いやーラブ&ピースで脳内お花畑な平和主義者かと思ったら、全然そんなことなくてむしろ他の遠征とかやってる為政者より残酷なんじゃねぇのこれ。

http://www.moonover.jp/bekkan/e-aten/aten-sanka.htm

新しい都の建設で民衆が苦しんでるのに、神殿に篭って毎日こんなん唱えてる王いて良く反乱とか起きなかったもんだなっていうレベル。アマルナ時代の役人苦労しただろうなー。なんつぅか、世界平和とか言い出す人ほど残酷な方面に走りたがるのは、古代も現代も変わらぬ真理なのだろうか。


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