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zoom RSS マーク・レーナーの研究の日本語版「ピラミッド・タウンを発掘する」を読んでみた

<<   作成日時 : 2015/10/01 00:10   >>

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この本を読むと、ピラミッド好きの人は、「あれ? この内容、どっかで見たよ」と思う部分が多いかもしれない。
日本でピラミッド概説書といえばマーク・レーナーなのだが、著者はそのレーナーのもとで発掘に携わっていた人なので、いわばレーナーの本の延長、日本語で最新の研究内容が出たようなものだ。

ピラミッド・タウンを発掘する
新潮社
河江 肖剰

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ちなみに、マーク・レーナーの「ピラミッド大百科」は、英語版では改訂版が出ているが日本語版は今んとこコレ。

図説 ピラミッド大百科
東洋書林
マーク レーナー

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基本事項は、この本とほぼかぶっている。
日本語版はやたらと高い(だが紙質はいい)。
英語版は安いんで、英語版読める人はそっちを探そう(笑) これはこれでピラミッドマニア必携の一冊。

レーナーの本がちょい高くてなかなか一般人には手が出しづらかったので、一般の手に届くお値段で今の状況が出てきた意味は大きいだろう。ピラミッド・マニアとしての基本をひととおり押さえてくれており、オカルト系の話題への言及や、日本におけるエジプト学の状況と絡めた部分などもあり、やりたいことを片っ端から突っ込んできたなーという感じのポリュームある一冊になっている。

また、NHKが取り上げたお陰で一時期はやっていたピラミッド建造方法の新説、ウーダンの内部傾斜路説についても丁寧に反駁している。ピラミッド見に行った人なら分かると思うが、あれはデカいけどめちゃくちゃ作りが雑な建造物なんだよね…。精緻な内部通路なんか作るより、人海戦術で力技で積み上げたほうが早い、というのは某ピラミッド建造シミュレーションゲーでも体感できる話である。(←おい

著者はレーナーと一緒にピラミッドのふもとで、実際にピラミッド労働者たちの町を長年発掘してきた人なので、論文を切り貼りして概要を書いてるだけではない、実経験による記述は現場の苦労や興奮を伝えてくれる。

ただし、今回の本は前提となる知識や概要部分に重心を置いているため、発掘現場の状況やそこから分かるデータなどの部分は若干ボリューム不足の感がある。そこは報告書で補完するか、二冊目に期待だろうか。


尚、末尾のピラミッド・タウンの生活描写だが、過去にレナード・コットレルという人が似たようなことをやっていて、邦訳も出ている。こちらは古い本なので、さすがに精度は今回の本のほうが上だが、シチュエーションの豊富さはコットレルのものが多い。仮想エジプト幻想が好きな人はコレも読んでみるといいかも。

古代エジプト人 20 (教養選書 20)
法政大学出版局
L.コットレル

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*****

というわけで概要はさらっと流しておいて、以下は気になったところだ。
まず「これ間違いじゃね?」というところから。

●パンの材料比率

p200から始まる古代パンの製造方法の部分で、材料のパーセンテージを合計しても100%にならない。
「一日目の最終発酵種10%」「小麦100%」「塩0.5%」「水60%」…これでは意味が分からない。全部足して100%になるべきで、他の比率が正しいなら小麦は29.5%のはずだ。(同様の指摘がこれ以降の比率についても当て嵌まる。)

→これについては、「ベーカーズパーセント」を使用しているからだという情報を掲示板のほうにもらった。
「小麦粉の量を100パーセント」として、他の材料をそれに対する比率で表現するという方法らしい。小麦粉100パーセントに対するほかの材料の比率を決めることで、作る分量が増えても減っても同じ比率でパンを作れる。

…ただ、本には何の注釈もないので、さすがにこれは分からない(笑
ピラミッドとパン作り両方に興味のある人にしか理解できなかった部分でした。注釈つけてほすぃ。


●ネフェルテム神

p131にある「ネフェルテム神はユリの花」という記述、LilyではなくLotus(水連)だと思う。

→これは、一般にネフェルテム神は水連だがウナス王のピラミッド・テキストではユリになってるから、ということらしい。でも本文を何度読んでもそういう意味で書かれているとは分からないし、ギザのピラミッド内にはいずれもピラミッド・テキストは書かれていない。(書かれるようになるのは次の王朝から。)

揚げ足取りになってしまうかもしれないが、これも注釈なしでは分からない…。そしてユリではなくWater lily(スイレン)じゃないの? という疑問も。Water lilyならLotusと同じものなんだが…うーん。


●ソティス周期の計算

末尾のエピローグに関しての注釈部分、アポカスタシスが紀元前2768年前後となっているが、周期が1460年で最後に一致したのが紀元後139年なので、紀元前2781年(か、82年)だと思う。暦と太陽の動きが一致するのは最大4年間だということを考慮して補正したのかなーとも思ったが、それだとこの差にはならないので間違えてるんじゃないかと思う…。

→歳差運動やシリウスの固有運動を考慮すると1452年という数値がでる、ということから1452年をソティス周期として採用した結果、とのこと。ただそれで計算しても2765年になってしまうので「??」ってなる。たぶん何かさらに補整をかけているのだろうが、巻末の補足だけではそのへんが分からない…。



次は、ん? とちょっと思ったところ。


●ピラミッドをつなぐ意味のあるラインとしてのカフラー・ラインについて

一基目と二基目のピラミッドが繋がるのはいいとして、なぜ三基目が繋がっていないのだろう。測量図を見ても大きく外れているようには見えない。従来の説では三基つも同じ測量ラインの上に沿っているとなっていたはずだが、最近の測量で誤差以上に大きくズレている証拠でも見つかったのだろうか? 本を読んだ中ではそうした記述が見つけられなかった。

画像


ちなみにこれがレーナー本にあった図。

画像


この図自体少し古いっちゃ古いので、その後の詳細な測量で三基目のピラミッドは繋がらないことが分かりました、となっているのなら、それは補足がほしいところだ。



●古代パンの再現実験に使われているエンマー小麦について

マーク・レーナーがかつてNOVAと一緒にやってた再現実験のときは、大麦でパンを作ったかもしれないという話があった。というのも大麦とエンマー小麦が両方出てきていて、パンとビールで使い分けたのか、混ぜてつかったのかよく分からなかったからだったと思う。(その当時どの論文/記事を読んだのかがわからないのでウロ覚えだが…)

古代エジプトの作付けはけっこうテキトーなので、エンマー小麦と大麦の畑が隣り合ってたりすると意図しなくても混合してしまうのではないか、という説も見た。

今回の再現実験では純粋なエンマー小麦しか使われていないようだ。レーナー実験では使われていた大麦が完全に外された根拠は何かあるのだろうか。本の中には書かれていなかった。



最後は、諸般の事情を感じさせる部分。


●ピラミッド公共事業説と象牙の塔

日本で「ピラミッドが公共事業のために作られた」説が流行った時、その不正確さを本職の学者さんたちは分かってて象牙の塔に篭っていたというけれど、実際は自分の専門ではないジャンルには「無関心」なまま盲目的に流されていたと思う。新王国時代が専門だからーとか、ヒエログリフが専門だからーみたいな感じでスルーしてたというか。実際、当時の本職の学者さんが書いたコラムや著書では、頻繁にこの説の支持が繰り返されていた。

でもまぁそこはそれ、各人色々事情あるんだろうなとか、あんまり責められない事情とかイロイロあるんだろうなと思うので生暖かく流しておくことにする。


●クルト・メンデルスゾーン

わざわざ巻末で「メンデルスゾーンが言ってるのは公共事業説ではない」と書いているが、いやあ…公共事業説に入れていいんじゃねーかな…(笑) バリー・ケンプの公共事業説が「20世紀の時代の影」によるものとすれば、メンデルスゾーンも同じ20世紀だし。王が行う事業=公共事業なわけだし、メンデルスゾーンはピラミッドが民族の象徴でもあったと述べているのだから、公共の利益という意味にも合致する。

というか、現代の公共事業にも、図書館や道路のような民衆が直接利用する以外のものは結構ある。駅前にギョウザのオブジェ立ててるのとか、沖縄の交付金のムダ使いと批判されてる龍柱とかも公共事業だ。
本文にあるとおりピラミッド建設は経済を動かすパン・フローなりビール・フローなりの源でもあったわけで、メンデルスゾーンの言っているピラミッド建設によって国を発展させるという考え方が、ケンプのものと大きく違うとは思えなかった。

言及してくれたのはありがたいのだが、ここはケンプもメンデルスゾーンも「そういう説があった」と並列で流していいと思う。

でもまぁそこはそれ(以下略



*****

さて、ここからは蛇足であるが、最後に、本書自体とは何ら関わりのない話について少し。


本の最後に「アラブの春」についての記述が出てくるが、著者は事件の起きた当時、エジプトにいた。私が著者の名前を認識したのもその時のツイートからで、革命後に募金を募っていたりしたのも見ていた。(厳密に言うと屋上でウサギのミイラを作ってた頃のサイトも見てたのだが名前は知らなかった。)

エジプト革命は、長らくムバーラク政権が独裁を続けた結果として発生した。そして直接的な原因は、2010年末の選挙で不正が行われたことだと思う。

国民の意志を示すべく選挙が公正に行われない。
だからこそ民衆は爆発した。デモを起こした。短期的な視点でみれば、それしか方法が無いように思えたからだろう。だが結果として、その方法は間違いであった。多くの若者が命を落とし、血が流され、暴力の連鎖は今も収まるところを知らない。

ひるがえって日本ではどうなのか。選挙は(時に不正を働く選管がニュースになるものの)、公正に行われている。誰もが与党を自由に批判できるし、それによって逮捕されることもない。(暴力を振るう人は別だが) 政権交代も平和的に起こる。
日本では選挙に民意が反映されている。そのシステムが完璧とは思わないが、議会制が機能し、必要な議論が「言葉によって」交わされるべき場がある以上、デモや暴力によって世論を変えようとしてはいけない。

それはテロ行為であり、数と暴力によって他者をねじ伏せようとする独裁の考え方そのものだ。


著者はエジプトで、革命の代償を、暴力による政権交代の悲惨な結果を十分に見てきたはずだ。
なのに何故、今、日本でそれに賛同し、煽ろうとするのか。それは日本の若者にも、エジプトの若者と同じように死ねということではないのか。私には理解出来ない。



世の中には左と右の人がいてバランスがとれている。

そして世の中の多くの人は、たぶん私もそうだが、部分的に右寄りであり、部分的に左寄りなのだ。単純にどちらかに偏っている人は少数だろう。個人が何を考えようと自由だし、自分の言に責任を持つなら公の場で何を言おうが問題はない。

だが、よりにもよってエジプト革命を知っている人が…となると、「一体何を見てきたんだ」と言いたくなる。




 大切なのは、「誰が言ったか」ではなく、「何を言ったか」である。





著者の古代の歴史に関する活動は大いに尊敬しているし、応援している。
しかし現代の歴史に関する意見については、支持していない。

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