現在位置を確認します。

アクセスカウンタ

zoom RSS フランスでサウジ王族一行が豪遊と聞いて、思い出すのはマリ国王INカイロ

<<   作成日時 : 2015/07/29 00:10   >>

トラックバック 0 / コメント 0

サウジアラビアの国王陛下がフランスの海でバカンスするのに周辺を封鎖して、現地で物議を醸しているらしい。
http://www.yomiuri.co.jp/world/20150727-OYT1T50040.html

画像


…やぁ、別にいーんじゃねーの? このくらい。
金落としてくれるんだろうし。

っていうのはともかく、この「ご一行様」を見て思い出したのは、14世紀に西アフリカのマリ王国の国王様が大行列を引き連れてメッカ巡礼に旅立ったとき、途中立ち寄ったカイロでの大騒動のことだった。あれは確か私がまだ受験生で、モスクの裏路地の隅っこの、うらびれた書店でバイトをしていた頃だった…(遠い目

マンサー・ムーサーは、金100荷(ラクダ100頭の荷)をたずさえて、国を出発した。カイロへの道中、さらにカイロと聖なるヒジャーズの地のあいだ、行きも帰りも、出会った諸部族に金を分け与えた。そのためカイロでは借金をせざるをえなくなった。彼は、好条件の担保を与えて商人たちからお金を借りた。それは金貨300ディナールにたいし、700ディナールを返金するというものだった。のちに、故郷に帰ってから、彼は気前良くその総額を送り返した。(ウマリー)

サハラが結ぶ南北交流/山川出版社


マンサー・ムーサーはマリ帝国最盛期の王で、カイロ到着は1324年。この時にばら撒いた大量の金のお陰で、カイロの金相場が12年もの間、暴落していたというから、凄まじい影響力と財力である。供の数も1万人を越えたという。この時の行幸が、のちに「黄金の国マリ」の伝説を生み出したとも言われている。

かつては黄金が財であり、金交易を制した王がこのような豪華な旅行を演出できたわけであるが、現在は石油が黄金の代わりとなり、産油国の王が同じように豪華絢爛な異国への旅を楽しんでいる。人間ってのはかわらんもんだなぁと思うと同時に、果たして14世紀当時のカイロの住民たちは、今と同じように行幸に文句を言ったりしただろうかと不思議に思ってみるのである。

え? お前はなんでそれを知らないのかって?
それがね。裏路地の奥にあるバイト先の書店までは、表通りの喧騒は一切聞こえてこなかったのですよ…。

サハラが結ぶ南北交流 (世界史リブレット)
山川出版社
私市 正年

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by サハラが結ぶ南北交流 (世界史リブレット) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

フランスでサウジ王族一行が豪遊と聞いて、思い出すのはマリ国王INカイロ 現在位置を確認します。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる