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zoom RSS 文明は東方より。西欧文化の"起源"を古代オリエントから語る

<<   作成日時 : 2015/07/27 00:10   >>

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「起源」というタイトルでばばーんと出たこちらの本。
分厚さと値段もさることながら、中身も濃く、出典元が丁寧なのがいい。そのため後ろ1/4くらいは出典元と索引。

起源―古代オリエント文明:西欧近代生活の背景
青灯社
ウィリアム・W・ハロー

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やりたかったことは、

 「西洋文明はギリシャ・ローマ起源じゃないよ。
  オリエントに負うところが大きいよ。」

ということ。それは、冒頭部分に書かれている以下の部分に集約されている。

"それらの各分野で取り上げるものは、古代オリエントで生まれた様々な新発明、あるいはその影響が、今日の私たちの時代にまでいかに受け継がれてきているかということを示すことにもなるだろう。別の言い方をすれば、私は近代西洋世界がいかに古代オリエントのお陰をこうむっているかということの検証につとめたい。"


これは、バーナルの「黒いアテナ」がやりたかったことと本質的には同じであるが、根本からして決め付けや勘違いが多く論調も喧嘩腰だったことがあってトンデモ本になってしまったバーナルとは比べ物にならない。こちらの本は何もかもがオリエント起源だとは言っていないし、メソポタミア地域だけでなくシリアやイスラエル、エジプトなど周辺地域も出来るだけ取り込んでいて、出典元の提示も丁寧だ。特に、オリエントに起源を遡れないものについてもちゃんと書いてあるのは実に公平なやり方だと思う。

面白いのは間接的な意味での「起源」についても言及している点だ。
これまで出ている本といえば、旧約聖書にでてくるもろもろの用語や地名、暦についてなど直接的な起源についての説明が多かった。

しかし、「文学」の項などは、「そもそも文字という概念が生まれないと文学に発展しないよね」から始まり、メソポタミアやエジプトでいかに「文字を書いて記録する」という概念が発達していったのか、最初は形式ばっていた文章にどのようにして創作要素が加わっていったか、などが説明されている。なるほどこういう考え方をすれば「文学の起源はオリエント」と辿ることが出来るんだなぁと感心した。しかもその書き方に、起源をことさらに主張する嫌らしさがないのがまた良い。

馬車を走らせるには、まず木や金属を加工する技術がなくてはならず、車輪を発明して車を作らねばならず、ウマを飼い慣らさねばならず、さらにハミなどの馬具を開発して車とウマを繋がねばならない。文学もそれと同じで、文字があり、文字を書くという行為があり、文章があり、創作へと発展しなければならなかった、というわけだ。

内容はかなり高度で、基礎知識がないと読むのが難しいと思うが、原著者による補足に加え、訳者による行間の補足も入れられているので、ある程度オリエント周辺の本を読みなれてる本はチャレンジしてみるといいと思う。


それにしても、ギリシャ文明が東地中海世界の一部であり、先行するオリエント世界の文明の影響を受けて成立したということは、わりと当たり前の常識的な話だと思っていたのだが、こういう本が出るってことは世の中そうじゃないのか? と、ちょっと不思議に気持ちになった。文明の起源が古典ギリシャだなんてぇ言い出すのは、百年以上前の学問レベルだと思うんだけど…。


*****

さて、この本自体はとても面白かったのだが、一箇所、これはあかんやろ的な部分があった。冒頭にある年表である。

画像


えー、なんかこうダメな年表の代表例みたいなのきたよ… なに書いてんだかわかんねえ。
ギリシャローマに先行してオリエントの諸文明が頑張ってたことを示したいのだろうから、横軸で「ローマ」から「メソポタミア」まで並べるのはまぁわかる。が、縦軸の時間がバラバラってどういうことだ(苦笑) 最初のほうは1000年単位でシュメールの都市文明の誕生から古アッシリアまで無茶にまとめられてて、あとのほうは「334年」だの「312年」だのやたらと細かい単位で載ってる。

(※ちなみに↓これが模範例)
http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/000/684/98/N000/000/013/143377034383287357180_sumer02.jpg

シリアと小アジアとレヴァントが一緒の枠に入ってるのも乱暴すぎる。地図を見ればその無茶さが分かる。シリアとレヴァントは隣同士だからまぁ分からなくもないが、小アジアって、まるまるトルコくらいの大きさだし全然地域違うじゃんっていう…。ヒッタイトのあとにダビデ王国がくるという超違和感。これじゃまるでダビデがトルコ遠征に行ったみたいだ(笑)

むりやり幅を縮めてわけわからん状態で年表のせるくらいだったら、ここだけ大判にして、三つ折りかなんかで入れれば良かったんじゃないですかねえ…。



さらに時代区分もなんかおかしくて、「アマルナ時代」とかいうものが前1200年あたりにどーんと入っている。
これは本文の以下の部分に対応するものと思われるが、一般的な用語の使い方とは違うと思う。

"西アジアの同じような文書もあるが、エジプトのエル・アマルナで発見された記録がこの時代を特徴付けるものであり、またアマルナ自体で起きた革新的な出来事はこの時代の多くの劇的な出来事の中でもとりわけ劇的であったことから、この時代全体を「アマルナ時代」と呼ぶことは妥当といえよう。"


西アジア全体で共通の言語を用いて書簡が交換されていた国際化時代、という位置づけをした上での上記の記載だ。確かにアマルナからは「アマルナ文書」と呼ばれる一群の楔形文字で記された文書が出てはいる、が、エジプトの年表的な意味では「アマルナ時代」はアクエンアテン王とその前後を含む、主にアマルナに遷都されていたわずか数十年の時代のことで、それ以上の幅は持たされていない。そして、「国際化時代」という意味でアマルナ時代という言葉がエジプト以外の場所に適応されている例を今まで見たことがない。本文に沿うという意味では正しいのかもしれないけど、本来の意味の「アマルナ時代」とたぶん混同される。ていうか最初ぱかっと本を開いた時点で最初にこの年表みちゃうとまず意味わからん。

それから海の民の侵攻という記載も、海の民はヒッタイトとエジプトとその間の沿岸地帯には来てるけど、メソポタミアまでは行ってなくないか…?

と、ツッコみを入れだすとキリがない感じになる。たぶんこの年表は参考程度にして読み進めるのが吉。


あと付け足すなら、著者が本の中で使っている「青銅器時代」とか「鉄器時代」とかいう言葉の範囲も物凄く曖昧なので、その時代区分も信じないほうがいいと思う。青銅器時代への突入とその終焉は、地域ごとに違う。オリエント世界全体を一緒くたにして時代の指標にしようとすると不正確になってしまうので注意。



全般として、年表以外の部分は大変お勉強になりました的な本でした。
バナール読むくらいならこっちがいいよ。


************
追伸

あとがきの641ページ「アレクサンドロス2世」は3世の誤植だそうです。次回版は直ってると思うです。

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