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zoom RSS 実体はカトリックではなく日本独自のローカル宗教。「カクレキリシタンの実像」

<<   作成日時 : 2015/07/25 00:10   >>

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発端はこれである。

オラショとグレゴリオ聖歌とわたくし
http://www.yk.rim.or.jp/~guessac/orasho.html

日本のカクレキリシタンたちが伝承してきたキリスト教歌「オラショ」(ラテン語オラシオ (oratio) が訛った言い方)を復元するという研究だ。

"それは、現在なお世界中に流布している標準的な聖歌ではなく、十六世紀のスペインの一地方だけで歌われていた特殊なローカル聖歌であった。それが、四〇〇年前にこの地域出身の宣教師によって日本の離れ小島にもたらされ、はげしい弾圧の嵐のもとで隠れキリシタンによって命をかけて歌いつがれて、今日にいたったのである。"

いかにも感動的な書き方だ。
今やほとんど絶えかけている"カクレキリシタン"の教えの中には、四百年も昔の伝統が確かに受け継がれていたという事実。しかしここには、実は隠された、もう半分の真実がある。

 カクレキリシタンの人たちは
 誰も本来の意味を理解していなかった。


歌も儀式も、「ご先祖様がそうやってたから。」という意識で受け継いでいて、実体は祖先崇拝だというのだ。「オンマリア」と唱えていてもマリアが何者か知らないし、復活祭を「悲しみの上がり」、クリスマスを「誕生祭」として祝っていても、何の悲しみが終わるのか、誰が生まれたのかすら知らなかった。

…という内容を赤裸々な感じで書いているのが、著者が長崎出身のカトリック教徒のこの本。


カクレキリシタンの実像: 日本人のキリスト教理解と受容
吉川弘文館
宮崎 賢太郎

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いいとこばっかり取り上げて、「信仰を貫いた殉教者」「弾圧に耐えた」みたいに報道するのが感動大好きマスコミ様や外部の研究者の悪いところで、「オラショ」の中には、実は大量の創作物が含まれている。カクレキリシタンの信仰が残ったのは島嶼部だから猟師が多いわけだが、「船に魂を入れる」などというオラショがあるのにはちょっと笑ってしまう。無いからつくっちゃえよというこのテキトーさ。信仰を守るとかいう概念実は薄い(笑)

長年伝えられているうちに、原型をなくしてしまったオラショも多い。いくつかの例が挙がっているが、見事に念仏化している。たとえば、アベ・マリアがこんな感じだ。


元の形の推定>
ガラサ(聖ちょう)満ち満ちたまうマリア、御身に御礼なし奉る。御主は御身とともにまします。(以下略

キリシタン時代の記録>
ガラサミチミチ給フ マリヤニ 御礼ヲナシ奉ル。御アルジハ御身トトモニマシマス。

長崎市内で伝承されていた形>
アメ バーラ ガラサミチミチターマリア、テーク テンライ ラーオラーチ キンキンキンナー(以下略

前半はなんか分かる気がするけど、後半どうしてそうなった…。



こんな感じで、むしろ原型を留めているオラショのほうが数が少ない。最近になってから長崎のカトリック教会の協力で原型への復元が行われた場所もあるというから、最近のオラショだけ聞いて「こんなに原型を残しているなんて凄いな」というのは誤りということになる。

"信徒たちは意味不明となったオラショを多大な労力を傾けて暗記し、一心に唱えること、その行為そのものの中に願いを叶えてそれる不思議な呪術的力を感じたのです。この信仰のあり方は、日本における神仏信仰には普遍的に見出されるものです。呪文化したオラショの姿から見ても、潜伏時代より明治以降現代に至るまで、日本におけるキリシタン信仰の本質はキリスト教と見なすことができるようなものではなく、日本の民衆社会における呪術的信仰に根ざしたものであるということが出来るでしょう。"


とあるように、オラショも、唱えている側からすれば結局、念仏の一種と変わりなかったという見方が出来る。

そして、カクレキリシタンがキリスト教徒ではなかったという大きなポイントの一つに、「ぶっちゃけ神様も仏様も拝んでた」というものがある。教科書などでは、弾圧を避けるために仏教徒のフリをして檀家になてたなどと書かれているわけだが、実際は違って、信者にとっては「カクレの神様は先祖伝来の神様なので大事だが、他の神様仏様も認めている」という状態。これでは一神教の体は成していない。

そもそも、日本においては宣教師たちの母国とは言語や文化に大きな差異があり、布教期間も短かったため、十分な布教がされたとは言いがたい。ましてやカクレキリシタンとして残った民衆は、無学な農民、漁民たちである。領主の大名が南蛮貿易で利を出すために、領民に入信を強制した藩もある。

そんな状態で宣教師が追放され、明治に至るまでただの一人も教父がいなかったのだから、そりゃあ信仰もローカル化するわけである。誰も本物のカトリックなるものを知らない。痛んだ掛け軸を何度も書き直し、像を作り直すうちに日本テイストなマリア観音や着物を着た日本神話風のキリストに変化する。天国(パライソ)は漠然とご先祖様のいるところに変化し、葬式で歌われる歌には「パライゾの寺に参ろうぞ」などと入ってくる。一神教でもなければ、原罪という概念も、天なる父や三位一体も出てこない。

だから、本当にキリスト教を理解して殉教していったのは、深く理解する余裕のあった一部の武士たちと宣教師たちだけだったのだろう。
多くの民衆が殉教したのは、カトリックの神のためではなく、先祖伝来の神様と、地域の信仰のためだった。長らく改宗しなかったも、「神様を捨てるのはバチがあたる、タタリがある」「ご先祖様の崇めていた神様と違う神様を拝んだら、同じあの世にいけない」という、至極日本人的な感覚だったのだという。なるほどと思わされる考え方だった。

踏み絵を踏めなかったのも、それがキリストやマリアだったからという理由ではなく、「踏んだらタタリがある」という土着信仰の延長。そもそも彼らは、キリストやマリアが何する人なのか知らないのだから…。


意外なことだが、信教の自由が認められたあと、カクレキリシタンは仏教に転向する割合が高いのだという。残りはほぼ神道。カトリックになる人はほとんどいない。これもまた、カクレキリシタンの信仰が、カトリックというよりは日本式の神仏信仰の一種だった証拠かもしれない。



カクレキリシタンは、専門の聖職者がいないまま民間で伝承されてきたローカルな宗教である。
司祭役をつとめる「オヤジ」というのはたぶん神父から来ているのだろう。洗礼やったり葬式をやったり、お祭りのときにオラショを唱えたりしている。内容はともかく、その持ち回りでやっていた役職の後継者がいない。
今残っているカクレキリシタンも高齢化が進み、そう遠くない未来に伝承は途絶えると思われる。
なので、この本の中に書かれている、まだ存命している信者からの聞き取り内容などはいずれとても貴重なものになるのだろうなぁ…と思った。


****

とまぁ本編は面白かったのだが、最後に付け加えられている「日本ではなぜカトリックが根付かないのか」という部分については納得しかねた。一神教だから、改変してはいけないと思い込んでいるから、静養崇拝だから、といった理由は、どれも的外れだ。日本にカトリックが根付かない唯一にして絶対の理由は、"その必要がない"からだ。

宗教も所詮は需要と供給である。時代の求めに応じて勃興し、民衆あるいは為政者のニーズに叶えば流行る。流行らないのはニーズがないからである。歴史上、ニーズがないのに根付いた宗教は一つとして存在しない。

日本に根付くとすれば日本ローカルに改変された、それこそカクレキリシタンの信仰のような方法しかないだろうと思う。

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