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zoom RSS 本の読み方 ―戦後の古代オリエント史研究、半世紀

<<   作成日時 : 2015/07/18 00:10   >>

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「古代オリエント史と私」という本がある。
著者は日本オリエント学会創始者の一人であり、現在も存命されている大翁。オリエント史に興味のある人なら一度は目にしたことのあるお名前だろうと思う。昭和59年の刊となっているが、中に収められている文章は全てが書き下ろしではなく、過去に別の媒体に掲載されたものの収録も混じっている。

古代オリエント史と私
学生社
三笠宮 崇仁

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さて、この本の読み方には、いくつかの方法がある。

 ・日本の古代オリエント史の"研究の歴史"を知る

 ・"皇族"の何気ない日常生活や心情を楽しむ(著者は昭和天皇の弟)

 ・戦中戦後を生きた人の証言から"時代"を知る

ひとつぶで三度おいしいというか、読み方を変えることによって色々楽しめる本なのだ。
途中「銀ブラはやったことないんだけど、パチンコは一度やってみた。」とかいう脱力系コラムが入ってたりして「ちょwww宮様パチンコwww」とかなったりする。しかし比率的にやっぱり戦中戦後の話が多いかなと思う。

昭和20年代30年代頃の日本を覚えている人は、今はもうほとんどいないと思う。
その当時を書き残す余裕のある人も、ましてそれを出版物として残せた人も滅多にいないだろう。何しろ当時はインターネットなんぞ概念としても存在せず、個人の書いたものがのちのちまで残ることなど特殊な場合を除けば無かったはずだ。その意味では貴重な証言となっている。

たとえば、「君が代論争」が戦後間もない時期に既に存在したということ。

GHQ占領下での議論の席、しかも昭和天皇の弟が在席する場でそうした議論が成されていたというのが面白い。「君が代は天皇の治世の長久を願う意味だから国民が主権者となった時代には相応しくないのではないか」と、論点も今と同じである。それに対して「天皇は国の象徴となったのだから、象徴として長久を願うのは悪いことではない」などと回答する人がいたのも今風だ。同じように国旗についても、それに見送られて戦争にいったのだから悪い思い出のある人はいるのでは? といった議論が成されている。現代に言われている意見は既に出尽くしており、変わっていないというか、進んでいないというべきか、である。


新聞の正確性が低いという話もあって、なんだ今と評価は大してかわらんのじゃん、という感じ。

これは著者自身が自分の言葉として書いていて、「私のことを含んで皇室に関する記事に誤りの多いこと(半数は少なくとも)から推して、私は新聞で事実を知ろうとするのは過望で、社会の傾向を知るに止めようとさえ思っている」と書いている。昭和27年に書かれたコラムだというから、思わずニヤリとしてしまう。新聞がちゃんと仕事していないのは今に限った話ではないのだ。昔からそんなもので、単に今の時代は、個人が色んな方法を使って間違いをすぐに指摘できるようになっただけだ。




と、そんな感じで「変わってないな」的な話の中に、憲法第二章(いわゆる第九条)を遵守せよという部分と、戦争の放棄に関する部分がある。また無防備であれば他国からきりつけられることはあるまい、とする、いわゆる無防備主義の話だ。

ちょうど、現代において、リベラルを自称する人たちが叫ぶ「憲法第九条を守れ」だの「戦争が出来る国」だのに該当する意見だ。彼らは言うだろう、それそれみたことか昔から賢人は分かっていたのだと。歴史を学んだ自分たちこそ正しいのだと。

だが、この部分を単語だけ拾ってはいけないのである。時代背景を考慮し、文章の前後を見て書かれているのことを真意を読み取ること(少なくとも、予測すること)が必要だ。


なぜ戦争を放棄せねばならなかったのか。
なぜ無防備であらねばならなかったか。

それは日本が世界の信頼を失ってGHQの支配下に置かれている時代だったからである。



このコラムが書かれたのは昭和24年。その時代背景を考えてほしい。「我々は侵略戦争は行いません。」と両手を挙げなければ、主権回復が叶わなかったのだ。

"先ず対外問題として第一は満州事変以来日本の表裏原行不一致の侵略的行動については全世界の人心を極度に不安ならしめ、且全世界の信頼を失っていることは太平洋戦争で日本が全く孤立したことで明瞭である。従って将来国際関係の仲間入りをする為には日本は真に平和を愛し絶対に侵略を行わないと言う表裏一致した誠心のこもった言動を以って世界の信頼を恢復(かいふく)せねばならない。勿論之には単に憲法の条文だけでは不十分であり、国民の一人一人が徹底した平和主義者にならねばならぬが、とにかく之を憲法に明記することは確にその第一歩であるということが出来る。"


という部分、また

"ことに米国は世論を重んずる国であ。日本国民の世論が、「反戦・平和」であることをはっきり知らせれば、米国はそれを政策に十分とり入れてくれると思う。"


という部分の真意は、時代背景を前提に置かなければ分からない。


歴史とは絶対普遍の真実ではない。その時代における主流なるものの見方、あるいは自らの立場に従って"誰かによって"解釈された現実である。同じ映像を見ても感想は人によって千差万別であり、記憶するシーンも一致しないように、目の前で起きた出来事が、人の意識によって解釈され、再構成されてアウトプットになったものが「歴史」に他ならない。従って、「歴史」として書かれたものや発言は、それが書かれた/発言された背景と不可分である。

これが分からない人には「歴史」は理解出来ない。



かつて軍閥に支配され、戦争への道を突き進み、挙句の果てに戦争に負け、GHQの占領下に置かれていた。同じことを繰り返さぬために「戦争を放棄する」と誓う必要があった。無防備であることを示して安心させるべきは連合国軍の面々(特にアメリカ)であり、そうせねば独立国としての主権を取り戻せなかった。

しかしその時代の思考のまま、その時代の言葉を鵜呑みにしてしまった人々は、相手が連合国から"話の通じない"国に摩り替わっても同じように両手を挙げて平伏しようとしている。残念ながら、その結果待っているのは再び主権を失うという未来だろう。



そしてもう一つ思い出してもらいたいのは、戦前の日本には暴力による政権転覆、クーデターの試みがあったということだ。

五・一五事件という言葉を社会科で習ったことはあるだろうか。日本国の首相が暗殺された大事件である。自国の近代史なので、知らなければ恥と思って欲しい。そしてこの事件のあと、日本が後戻りできなくなるキッカケの一つ、満州事変と、ニ・ニ六事件という陸軍によるクーデターが発生する。

今、「反戦」を謳う人々が国会議事堂前で首相の顔写真に×をつけて掲げたり、ツイッター上で「<総理大臣>しね」と呟いたりしている。自国の首相にしねというのだから、日本が軍国主義となってゆく道筋を作った事件と同じ発想である。クーデターによる政権転覆は断じて民主主義ではない。これは平和国家の名に反する、大変危険な思想である。

そしてこれを新聞やテレビといったメディアは制止するどころか助長している。これも、戦前のクーデターを煽り立てた当時のメディアと同じではないのか。
新聞というものは、戦前戦中の軍人や政治家は非難しながら、反民主主義的な危険なテロ思想の前で沈黙し、世論を煽った自らを省みない無責任な媒体だ。ニ・ニ六事件後、新聞が襲撃を恐れて沈黙したことも忘れられない。彼らの無責任な煽りに乗ってしまったら、また、同じことが繰り返される。


これこそ歴史を学ぶということだ。

人を殺してでも自分たちの意のままに世の中を動かしたいなどと考えるやからにロクなものはいない。他国に侵略戦争を仕掛けるか、自国を占領して滅ぼすか、どっちにしろ同じ人殺しである。平和を謳いながら人殺しのことを考えるとは、まさに戦前の日本が世界からの信頼を失った

 
"表裏原行不一致の侵略的行動"


ではないだろうか。


また以下のような指摘も傾聴に値する。

"例えば太平洋戦争についても、中国人は当然侵略戦争と考えているだろうが、西アジアの直接戦火を受けなかった国々では、むしろ英米に対するアジア民族の解放戦争であると見るむきが多い。言いかえれば、日本の行動がアジア諸民族を刺激して民族独立の契機をつくった、ところが日本が途中でへたばってしまったので、エジプトがこれを受け継いで、今、英国と戦っている、それなのに日本はちっとも応援しないではないか、というわけである。"


視点が変われば歴史も変わる。先に述べたように、歴史は「誰かによって」解釈されたものである。これもまた"歴史"の一つのあり方なのだ、
ちなみにこれが書かれたのは昭和31年となっていた。エジプトがイギリス支配を跳ね返そうとしていた、確かにその時代である。

現代のアラブ圏を旅すると、少なからず「日本は強い国だから好きだ」という言葉を耳にする。確かにそうなのだ。トルコなど「あのロシアに勝った国じゃないか」と、こっちが考えたことのないような視点から日本を褒める。
太平洋戦争における日本の行動を侵略戦争だという人がいるように、アジアの開放戦争と看做す人もいる。どちらも「歴史」である。(ただし、どちらか一方の視点だけでは不十分だろう。正しいものが一つでは無いのが、歴史の難しいところだ)



****************


私に著者の言いたかったことが完全に理解できているとは思えないし、ダシに使っていると誰かに怒られるかもしれない。しかし戦争戦後を生きた一人の人の証言としてその発言の裏を考えるとき、言葉尻だけを捉えてはいけないと思ったのだ。それと同時に、今の時代の"噛み合わない"議論に不条理を感じるのである。そして、嚙み合わないがゆえに過激な思想に走る人がいることを憂慮する。

主義主張は何通りもあってよい。誰しも自分が正しいと思うものを信じてよい。

しかしながら、かつて日本が誤りを犯した同じ道へ進もうとすることだけは許されない。つまり、過激な論と暴力を持って世間を変えようとする行為は、絶対に認めてはならない。太平洋戦争以前、それこそがまさに戦争の一里塚だったのだから。



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まぁなんだ、なげーけど三行でまとめると、

 ・国会で暴れる奴は議員資格を剥奪していい
 ・ちゃんと議論しろ
 ・暴力を持って民意などとふざけたこと抜かす奴は<<ハゲろ>>

以上。

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