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zoom RSS アイスランドの歴史がまた一ページ…首都レイキャビクから植民時代のロングハウス発見

<<   作成日時 : 2015/07/12 00:10   >>

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アイスランドの首都レイキャビクの中心部で、古いコテージを取り壊してみたらその下から植民時代の最初期のものと思われるロングハウスが見つかった、というニュースがあった。

Viking-age hut found in Reykjavik
http://icelandmonitor.mbl.is/news/news/2015/07/08/viking_age_hut_found_in_reykjavik/

ヴァイキング時代! 植民! 海原の果てにフロンティアを目指して。
まだ発掘調査の最中で最終報告ではないけれど、この発見された遺構は870年〜930年頃の植民最初期のものだと思われる、とのこと。これは燃える。もしかしたら我々は、ここに住んだ人の名前すら推定できるかもしれないのだ。

*****

植民が開始されたのは紀元後870年。この年月は、「アイスランド人の書」または「ランドナーマ・ボーグ(植民の書)」に記されている。日本アイスランド学会が編訳した「サガ選集」には、このような記述がなされている。

"ノルウェーからアイスランドへの最初の移住があったのは、黒のハルヴダンの息子、美髪のハラルドが世を治めていた頃であった。<中略>これは史書に記されているとおり紀元870年のことであった。"


今回見つかっている遺跡が870年〜のものと細かく特定されている根拠がこれ。移住が始まる以前のアイスランドには、少数のアイルランド人の修行僧しかいなかった。最初の移住者の名はインゴルヴ。彼は

"レイキャビクに居を構えた"


と書かれている。
そう、現在のアイスランドの首都とは、最初の入植者が家を作った場所なのだ。

画像


画像



つまり、もしもこの遺跡が本当に最初期の年代のものであるならば、インゴルヴか、その家族の誰かの家である可能性が高まる。

アイスランド・サガは現代的な意味での「歴史」を書いたものではないので、厳密な意味では史料としては使えない。「アイスランド人の書」も入植から二百年以上が経過した、後世(12世紀初頭)に編纂されたものだ。ただ、家系や土地の所有に関しては非常に厳密な記載をしている。ランドナーマ・ボーグも同様で、もしかしたら土地所有を伝承するために口伝化されていたものが元になって作られたサガかもしれないと言われている。

いやあ、なんかこういうのwktkするっすね。ちなみにレイキャビクって、ヴィンランドの発見者"幸運のレイヴ"の像は立ってるんですが、アイスランドへの最初の入植者インゴルヴの記念碑的なものは聞いたことが無いです。どっかにあるんだろうか。未知なる島に一族郎党つれて移住って、すんごい大博打っていうか、勇気のいる行動だと思うんだ。彼もまた、讃えられてよい冒険者だと思う。


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