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zoom RSS 謎の民族からご近所さんへ。"黄金のトラキア文明" 講演会に行ってきた

<<   作成日時 : 2015/06/23 00:10   >>

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今まで、名前は知ってるけどエジプトからどうやって辿れば行けるのかよく分かって無かったために敬遠していたトラキア人。そうかアレクサンドロスの同盟者として一緒に遠征してるから軍の一部としてエジプトにも来てたかもしれないのか! と気が付いたら謎な人々が(自分の精神世界の中で)突然ご近所さんになった。なんだ。マケドニアまで行ければトラキアは隣なのか。プトレマイオス朝末期あたりの東地中海世界につながってるんだ。エジプトからの行き方が分かれば簡単だな!

というわけで、さっそく↓この講演会に行ってきた。

 ズボリャノヴォ(ブルガリア)における考古学の新発見 ー黄金のトラキア文明を掘るー
 http://aom-tokyo.com/learn.html

講演者ディアナ・ゲルゴヴァ(Diana Gergova)女史はゴリャマタ・スヴェシュタルスカ古墳の発掘で黄金の遺物を見つけ出した人。黄金製品、古墳、と聞くと「副葬品か?!」となるのだが、遺体と一緒に埋められてたものではなく、箱に入れて古墳の土の中に埋められてたもので、副葬品というよりは「神々への捧げもの」らしい。日本でも建設現場で施工前に土地の神様にお神酒やら乾物やらお供えするが、トラキアの人たちも地母神信仰をしてたらしいので似たようなノリだろうか。

* 2012年の黄金製品発掘時ニュースこちら、写真もあります

Sboryanovo golden treasure amazes with its beauty
http://bnr.bg/en/post/100177256/sboryanovo-golden-treasure-amazes-with-its-beauty

さてトラキア人とは(…というか日本では「トラキア」っていうと人気ゲームファイヤーエムブレムのタイトルになってしまうのだが)なんぞやというと、まずトロイ戦争で「トロイの同盟者」として名前が出てくることでよく知られている。ギリシャ人は、彼らを蛮族と蔑んだが、実際のところかなり高度な文明を築いていたことが判っている。ただし文字を持たなかったため、文字記録を残さなかった。「ギリシャのお隣さん」「マケドニアの北側」、そして「近くに住んでたケルト人とも交流していた」。さらに「マケドニアの支配を受け入れ、アレクサンドロスの遠征にも従事した」となれば、東地中海世界における彼らのポジションのイメージはある程度つかめるのではないかと思う。

トラキア人はインド・ヨーロッパ語族に属する小さな様々な部族の集合体だ。そのうちの一つが今回の講演の主役だった北方トラキアに住むゲタイ族。

トラキア人は、ケルトと同じく、政治的に一つにまとまることが少なく、死を恐れず、人は死んでも蘇ると考え、馬を大事にしていた。また、戦士であり神官でもあった。ケルト人との混血の証拠もあるというから、おそらく互いの神話的な文化をある程度共有していたのだろう。気質まで似ているのは、同じように戦士が中心の部族だからかもしれない。

トラキア人はマケドニアの北辺り(今のブルガリア)に定住していたが、諸民族はケルト人と同じようにあちこちに移住していっている。ドナウ川の流域にもトラキア人の古墳群、都市国家があるし、一部はイランやインドへも移住していったと考えられている。彼らは滅びたわけではなく、あちこち移住していって、移住先で他の部族と交じり合って消えていったわけだ。

今回の講演は古墳(墓)がメインだったのだが、トラキア人の文化は一種独特だ。隣がギリシャ文化圏なので当選゛その影響は強く受けているのだが、ギリシャとケルトを足して2で割ったところに中央アジアテイストを混ぜたような不思議な感じになっている。スキタイと似ているのは当然として、以外とイラン高原あたりの美術様式が一番近いような気もした。

彼らの伝説上の初代王はギリシャ神話に出てくるオルフェウスだという。竪琴の名手で、妻のエウリュディケを求めて冥界に下っていくあのオルフェウスだ。オルフェウス教という死後の復活を信じる宗教をやっていたらしいのだが、その復活はギリシャの宗教よりは古代オリエントの、エジプトやシリアあたりの宗教の匂いがする。オルフェウスの体が死後にバラバラにされるというのはオシリス神話と同じだし。

その教義のため、有力者の墓が派手に作られたようだ。有名なスヴェシュタリの古墳などは、中に彫刻が並んでいる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%83%AA%E3%81%AE%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%AD%E3%82%A2%E4%BA%BA%E3%81%AE%E5%A2%B3%E5%A2%93

古墳に回転扉をつけたり、冬至の光が差し込むようにしたりしているあたりはケルトの古墳と似ている。土盛りを何層にも積み重ねているあたりはインカのワカ方式だ。だが、古墳を星座に見立てて並べるというのは他の文化圏ではあまりかったように思う。また埋葬の仕方に土葬、火葬、オルフェウスになぞらえてわざわざ死体をバラして埋める、など、色んな選択肢をごっちゃにしているあたりも何だか面白い。どうやら社会階級で埋葬の仕方を変えていたようなのだが、具体的にどういう教義でもって埋葬方法を決めていたのかは興味深い。

ちなみに、ディアナ・ゲルゴヴァ女史の書いた「トラキア人と魂の不滅」はオンライン上でも読める。
ここに今回の講演のだいたいのところは書かれている。

http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/2000Afterlife/04/0401.html

ただよくわからんなーと思ったのは、トラキア人の古墳から出てくる黄金製品に使われてる金がどっから来てるのかということ。バルカン半島って金あったっけな? それとトラキア人に作ったものらしいリュトン(杯)がアケメネス朝ペルシャで見つかってるって話、トラキア人は交易してたのか、それともアレクサンドロスの遠征についてったときに持っていっただけなのか。いかんせん今回は墓の話ばっかりだったのでトラキア人の生きた生活というのが想像つきにくかった。まあそこはそれ今後の課題ということで。エジプトから意外に近い(歴史と地理が)と分かったので俄然理解が早くなったわ! 


ちなみに10月には国立西洋美術館の「黄金伝説」という展示会が開催されて、トラキアの黄金が出るらしいよ。トラキアスキーさんはwktkしながら待つがいいよ!
http://www.tokyo-np.co.jp/gold/

…本屋でトラキアで検索してもゲームの本しか出てこないし、ブルガリアの歴史の本だと先史時代の最初の10ページくらいで終わっちゃうし、なんかこう、いい参考書無いのかな。展示会行くと関連書籍が並んでたりするので、そこで探そうかと思っている。

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