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zoom RSS 滲み出す謎のガッカリ感。「エジプト美術の謎」

<<   作成日時 : 2015/06/20 00:10   >>

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エジプト本なのでとりあえず読んでみた。手に取る前にぱらっと捲った限りでは可もなく不可もなくだったのだが、読み終わってみると「うーんこれ専門家の書く本ではないよねー」という感じ。「〜らしい」「〜だという」を連発してソースを書いていない、かと思いきや部分的にいやに詳しくソースを書いている。これは…自分の専門ジャンルだけはソースの論文なり専門書なりを読んだけど、あとの部分はウロ覚えで書きました、っていうパターンじゃないかな…。ソースの指差し確認は大事だぞー。記憶って定期的にバグる不良メモリみたいなもんだから。

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内容的には、タイトルのとおり「エジプト美術」の歴史を王朝黎明期からコプト時代まで通史で語るというもの。「謎」とついているのはエジプトといえば謎だろ?みたいな感じのお約束だろうか。別に謎とか何もない。というか美術史の本なら美術史に注力すればいいのに、歴史の部分にまで手を出して中途半端になった感が否めない。構成はいい。だが、それぞれの章の掘り下げが力不足だ。前書きで「謎を解く」などと書きながら、謎の提示も解もされていないので面白みにも欠ける。枠組みはいいのに読んでみるとガッカリ感が残るという、それがこの本における一番の「謎」だと思う(笑

しかしその謎は謎のまま置いておいてはいけない。自分なりに謎を解いてみた。

まず誤字脱字が多い。「ややもすると類型的になり勝ちな」のような変換ミスが何箇所もスルーされている。これは内容いかんにかかわらず本としてのクオリティを下げる。

次にカタカナ表記が他のエジプト本とそろっていない。昔の本ならイザ知らず、最近出るエジプト本は、よく使われる用語や神名をだいたい統一してくれている。平成の世になってから出た比較的新しい本なのに、この本は通常のカナ表記に沿っていない。シストルムのことをシストロンなんて書く人は始めて見た。…何語ですかコレ。カデシュの戦いがガデッシュの戦いになっていたりするのは誤字なのか何なのかもよくわからない。"ジエドコンスイフエファンク"ってのは一体なんだ。ジェド・コンス・イウフ・アンクさん(人名)のことだろうか…元の単語を無視してアルファベットの羅列から無理やりカナに起こしてこうなったのか、単なるタイプミスなのか、元の誤字脱字の多さと組み合わさってこれも判別がつかない。

この二点でだいぶ読む気が削がれた。

そして著者が力不足だなぁと感じたところ。ちょくちょく「ん??」っていう記述がある。
いつも、あとで調べようと思うところは読みながら付箋をはさんでいくのだが、それがこの本ではけっこうな本数になった。列挙してみる。

******************

p51

"「フウト」は城を意味するので"

→城という概念は古代エジプトに無いので、これは「館」のほうが妥当じゃないのかな? ハトホル女神の名前はフウト・ホル="ホルスの館"を意味する。

p62

"第八王朝までは王墓ピラミッド建設の伝統だけは守っていたらしい"

→ピラミッド作り自体は中王国時代にもやってた。という話を自分で本の後ろのほうに書いてるので、ここに第八王朝という言葉が出てくる意味がわからない。第一中間期限定で考えても、次の第九王朝にメリカラー王のものと考えられるピラミッドがある。

p65

"メンチュヘテプ王たちの墓は、岩窟墓と古王国時代のピラミッドとを合体させた独特の構造をもつ。"

→復元図がかなり古い。現在では葬祭殿の上にピラミッドは載っていなかった説が有力。ピラミッドのように意思を積み上げると天井が重くなるが、それだけの重量の石材を支えられる下部構造がない。

p70

"アメン神は元来「風」をあらわす神だったらしいが"

→名前がイメン(不可視)からきていることを指していると思われるが、それはギリシャ人のプルタルコスの書いたマネトーの著作からの引用による説で、元からそうだったとは言えないと思うんだが…
プルタルコス以前のほかのソースがあるなら書いてほしいところ。根拠不明。

p93

第十六王朝がヒクソス人王朝ということにされていて「えっ何で?」という感じ。
ヒクソス人の流入の歴史について記述が古い。ヒクソス人は第二中間期に突然わらわら押し寄せてきたわけではなく、それ以前からナイルデルタに定住を始めていて、徐々に数を増やしていた。エジプト人も、とつぜん戦車を見てビックリしたわけではない。

p96

イアフメス・ネフェルタリ王妃が「比類なき美貌と美声の持ち主」と書かれているソースが何なのかわからない。
王妃の容姿とか個人的な情報なんてどこにも記録ないよなぁ。末期王朝まで信仰されたとか書かれているが…。何をどう誤解したのかソースを探してみるのは面白いかもしれない案件。

p97

トトメス2世とハトシェプストの間の娘は一人しか知られていない。なぜ二人と書いているのか不明。

p116

アクエンアテンの父アメンヘテプ3世がアメン神官団を嫌ってマルカタ王宮に引きこもり、アテン信仰をしていたという謎な記述。これも妄想? アテン神自体がアメンヘテプ3世時代から既にあったことは知られているが、アメンヘテプ自身が信仰したという証拠はなく、ましてやマルカタ王宮がアテン信仰をするための王宮とか意味不明。ていうかマルカタ王宮は別荘みたいな扱いで、メインの王宮じゃないと考えられているはず。

p140

アクエンアテンの統治末期に共同統治者として存在したとされるスメンクカラーが何者かは現在も確定していないにも関わらず、娘婿と断言したうえ、テーベ神官団と仲直りするためにテーベに送り込んだという根拠のない説をねじ込んでいて「??」となる。

p142

ホルエムヘブとパアテンエムヘブが同一人物とする説は現在では否定されている。というか元々、一般に受け入れられた説ではなかったと思う。ホルエムヘブがアメン信仰を復活させる下りは完全に妄想。アテン信仰の痕跡を消すためにツタンカーメンを抹殺したかったのなら、ツタンカーメンの墓を無事で残すはずがない。アメン信仰に戻したのは個人的な宗教熱とは関係なく、政治的な判断だろう。

p146

ホルエムヘブは病没したらしい

→王ともあろうお方が事故や戦死することはまずないので、死に方はほぼ病没しかない。そして、王たちのミイラから病気の痕は沢山みつかっているが、ホルエムヘブのミイラは現存しないので病没の証明は出来ず、従ってここでこれを書くのは誤り。ちなみに現存する王族のミイラだと、高血圧とか糖尿病とか現代的な病気をわずらってた人も多い。

p162

"しかし人手が不足したので、細部は全く犠牲にされたり、手抜き工事も行われた"

→ラメセス2世の大型建造物が手抜きだといっているのだが、どの神殿のどの部分がどう手抜きなのか書いていない。というか美術史をテーマにした本なので、まさにここを注力して掘り下げるべきなのに、ソースの提示もなしに一行でかっとばされている。ここだけでガッカリ感+15くらい。

p183

エティオピア王朝

→ヌビア王朝の間違いじゃないか? 第25王朝はスーダン。エチオピア関係ない。


******************

…結構あった。

そして全般を通して、コプト美術の時代を「頽廃」と表現するなど、本当に美術を理解しているのかという意味で微妙感も漂う。コプト美術はオリエント世界の美術様式の融合として試行錯誤が成された時代だと思う。コプト織りに代表されるように、表現媒体を変えたという視点もある。古代エジプト式の美術からするとレベルが落ちたように見えるかもしれないが、それは決して頽廃ではなかったと自分は思う。

まあ誤字脱字とかはたぶん出版社の校訂不足もあるんだと思うけど…

ちょっと足りない部分が多すぎたかな。

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