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zoom RSS エジプトとギリシャの融合知 〜アレクサンドリアの果たした役割

<<   作成日時 : 2015/06/17 00:10   >>

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ふらりと立ち寄った古本屋にあった本、100円でこんなに楽しめるという幸せ。
とても親切で判りやすい。今まで読んだ中で、アレクサンドリア(アレキサンドリア)が学術に果たした役割について一番すっきり書いてくれている本だと思う。

古代アレクサンドリア図書館―よみがえる知の宝庫 (中公新書)
中央公論社
モスタファ エル・アバディ

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タイトルは「古代アレクサンドリア図書館」となっているが、実際はアレクサンドリアの町の誕生から、学術都市としての役割を終えるまでの一連の流れがテーマとなっている。周知のとおり、アレクサンドリアは古代エジプト末期、プトレマイオス王朝の時代にエジプトの首都として栄えた町。元はアレクサンドロス大王が「ここに都を築け」と命じたことから始まっている。

 大図書館、ファロスの灯台、ムーゼイオン。

一大交易都市にしてエジプトの富の粋を集めたきらびやかな文化と知の都。近隣のあらゆる民族、人種のるつぼであり、かつて世界の中心だった場所。キリスト教がローマ国教となった時、異教の都としてその叡智ごと破壊された、悲劇の街でもある。アレクサンドリアについて語るとき、歴史家は(そして遺跡マニアは)どうしても感傷的にならざるを得ない。本好きならば尚更に、失われた何十万冊の本のことを思わずにはいられない。

「アレクサンドリア大図書館」という言葉は、そんなほろ切ない響きを持つ、失われた遺跡の名前である。



だが、図書館に篭る学者たちや、そこで議論を交し合った学者たちだけにスポットライトを当てるのでは、アレクサンドリアの時代を語ることは出来ない。この本の中には、生きた人間が見える。耳を澄ませば、大通りの雑踏さえも聞こえてくるような気がする。

"紀元前三世紀のアレクサンドリアの街頭では非常に簡素な衣類に身を包んだ仏教の僧侶が見出されただけではなく、紀元前二百七十年年頃の記録には、国王の行列の中に「インドの婦人、インドの犬、二十六匹の真っ白なインド牛」をアレクサンドリア人たちは見出した"


これは決して驚くべき記述ではない。アレクサンドロスの時代、ギリシャ世界とインド世界は繋がっていた。ガンダーラ美術は、ギリシャ芸術の影響を受けて、ギリシャ風の彫刻が作られている。またインド人の中に、ギリシャ風の名前を持つ人物がいた記録もある。逆方向に、ギリシャ世界にインドからの影響が入ってきているのは当然といえる。

そして、アレクサンドリアには三種類の人種がいた、といわれている。
一つは支配者層であるギリシャ人。もう一つが土着のエジプト人。最後がユダヤ人を含む様々な民族である。プトレマイオス朝の支配者たちはギリシャ系だから、少数のギリシャ人と多数の土着エジプト人の融和を図る必要があった。そうして誕生したのが両者の宗教のいいとこどりをしたウサル・ハピ、ギリシャ語でいうところのセラピス神信仰だ。プトレマイオス朝時代に作られたロゼッタ・ストーンがなぜギリシャ語とエジプト語の併用で、しかもエジプト語が上に来ているのかという理由も、ここにある。

世界経済の中心として、地中海世界だけでなくインドとも繋がり、多くの人種が入り乱れたアレクサンドリアの生き生きとした姿が見えてくる。そんな町にアレクサンドリア大図書館は作られた。

図書館を利用する知識階級もまた、ギリシャの知とエジプトの知を融合させていった。注意深く見ていけば、キリスト教の根幹を成す「人でありながら神でもある」という神学思想は、アレクサンドリアの知の中で既に誕生していたことも見えてくる。また、アレクサンドリアの医学が非常に高く評価されていたというのも興味深い。これはミイラ作りから得た知見の積み重ねによるものか、はたまた神殿が蓄積していた薬草学などのアドバンテージゆえか。

天文学、文学、医学などが世界トップクラスで発達する中、アレクサンドリアでは哲学という学問だけは意外に人気がなかったようだ。それがアレクサンドリアに入ってきたのは、ローマの知識階級の哲学熱の高まりを受けて、プトレマイオス朝も末期になってからだという。これは興味深い記述だ。アレクサンドリアの哲学といえばグノーシス主義が有名だが、一部の変わり者がやっていただけで、それほど大きな勢力は持っていなかったのかもしれない。そしてグノーシス主義は、結局は失敗した思想だった。あまりにも複雑怪奇で、一般人に受け入れられにくかったからだ。この思想は、やがてキリスト教神秘主義となり、細々とした異端という扱いで歴史の中に消えていく。


アレクサンドリア大図書館は、紀元前48年のアレクサンドリア戦役でシーザーが敵艦隊を焼き払うために放った火による類焼で失われた。
そして、多くの知識階級をひきつけ、吸収していったアレクサンドリアの町が知の都としての役割を終えたのは、おそらく391年、テオドシウス帝の「すべての異教神殿を破壊せよ」との命令の直後だっただろうと考えられている。これにより、神殿をかねていたムセイオンの学園と、併設されていた図書館は消滅する。





多くの書物が失われ、積み重ねられてきた知の歴史が灰燼と化した。

多くの学者たち、好事家たちは、他の書物に一部分だけ引用されて残された断片を手に「もしもこの本が全て残っていたら…」と臍をかみながら、人間の愚かさと失われた膨大な書物のことを、今日も思う。


******

ちなみに巻末で紹介されている、アレクサンドリア図書館の復興計画だが、本が出てから二十五年近く経過した今、その図書館は既に完成している。

公式サイト

Bibliotheca Alexandrina
http://www.bibalex.org/en/default

2002年10月に完成。2011年のエジプト革命後も運営されている。
場所はココ。

画像


日本語の記事とか

アレクサンドリア図書館の再建計画
http://current.ndl.go.jp/ca671


この図書館は今のところ無事だけど、エジプトさん、革命の時にカイロの学士院の図書館焼いちゃってるんだよなぁ。繰り返さなくていい歴史が繰り返されるっていうね。もうね。



アレクサンドリア関連であとオススメの本はこちら

 アレクサンドリアの興亡 The Rise and Fall of ALEXANDRIA
 http://55096962.at.webry.info/201109/article_6.html

アレクサンドリアを舞台にした見ごたえ十分の映画がこれ。
当時の街並みの再現がすごい。足りない部分はあるかもしれないけど、雰囲気は過去最高クラス。


 映画「アレクサンドリア」
 http://55096962.at.webry.info/201103/article_43.html

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