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zoom RSS 「イエス・キリストは笑わない」 →笑うよ…? 聖書外典を読んでみよう!

<<   作成日時 : 2015/05/20 00:10   >>

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外典(げてん)とかいうとなんかこう中二病心が疼くというかファンタジーな香りがするというかまぁそんなアレですが、今出回ってる「聖書」というものは、色んなひとが色んな文書を書いてたのを、ある時に「これとこれが正しい教えね。それ以外はダメ」って選別したものなんですよ。で、「正典」に入れて貰えなかったものが「外典」。これはキリスト教の正統・異端を決める会議や勢力争いの結果によって決まってたりします。

んで外典の多くは、"正統な"文書とは、だいぶ雰囲気違うんですよねー。

"現代人の多くは、イエスの生涯と死について、四通りの記述しか知らない。新約聖書に含まれる、「マタイによる福音書」「マルコによる福音書」「ルカによる福音書」「ヨハネによる福音書」の四福音書だ。だが、初期キリスト教の時代には、これら四福音書以外にも多くの福音書が書かれた。そのほとんどは、最終的には異端として破棄されたり、興味をひかなくなり、年月を経るうちに消滅したりした。

<中略>

初期キリスト教が広まった1〜2世紀に、どれだけの数の福音書が書かれたのかは、正確にはわからない。新約聖書の四福音書は、今日まで残った最も古い福音書だ。だが、その他にも多くの福音書が、これら四つの福音書が出来てすぐに書かれた。その中には、すでに述べた「トマス福音書」や「ピリポ福音書」、1896年に発見されたマグダラのマリアの、「マリアの福音書」などがあり、近年注目を集めてきた。そして今回、新たに「ユダの福音書」が登場した。

「原典ユダの福音書」 日経ナショナル・ジオグラフィック社"


原典 ユダの福音書
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↑この本には、外典とされた文書の一部と、「ユダの福音書」の解読された部分の全文が載っている。ただ、「ユダの福音書」は破損が酷いので、復元の進み具合によっては、もしかしたら多少は訳が変わっている部分はあるかもしれない。


で、イエスは「ユダの福音書」では、よく笑う。しかも少年のように。(あるいは、"少年の姿で"。)


外典は総じてイエスがとても人間的だ。矛盾している言い方だが、神聖なのにあまり神聖さがない。多くがエジプトから発見されていて、いわゆるグノーシス主義と言われる人々の残したものだからかもしれない。

私は内容的に外典のほうが好きなのだが、その一つの理由が、"イエスが生々しいから"、あと"物語としてすっきりしているから"というのがある。
「ユダの福音書」は、エジプトで見つかったからというので読み始めたが(またそんな理由)、イエスの死について実に面白い解釈をしている。彼は大願成就するために殺されねばならなかった。そこで、最も教えを理解していたユダに、自らを売り渡すよう言うのである。

キリスト教は、ある意味、復活の宗教だ。イエスは死んで蘇らねばならない。
そのキッカケをつくったユダが罪人であるはずはない、実に理の通った解釈だ。正典として採用されている四つの福音書はこぞってユダを悪者にしているが、ストーリー上の重要性で考えるなら、ニワトリが鳴くまでに三度「知らない」と言った男よりはユダのほうがお師さんの役に立っている。だからなのか、イエスの生涯を描く映画では、だいたいユダが重要かつ魅力的なキャラクターになっている。そうならざるを得ない。

もちろん、正典にしろ外典にしろ、歴史を忠実に表しているとは思われない。またユダを除いてほぼ無学者の集まりだった弟子たちに、自らの手で書物が記せたとは思えない。ただ、イエスだって地上に生きているうちは飲み、食い、眠りもする人間だったのだから、そりゃたまには笑っただろうよ、と思うんである。

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