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zoom RSS ローマに吸収されたイタリア先住民の一つ、エトルリア人について詳しく知れる本

<<   作成日時 : 2015/05/17 00:10   >>

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タイトルは「エトルリア文明」だけど、実質エトルリア「文化」でいいような気もする。
文明と文化の境目は微妙だけど… 一地方文化だもんね…

というわけで、エトルリア人の本ですよ。まあニッチなとこついてくるよなぁ…という感じ。ただし最近になって発掘が盛んになったようなジャンルなので、本自体はあまりボリュームはない。

エトルリア文明―700年の歴史と文化
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★エトルリア人とは?

紀元前8世紀ごろから紀元前1世紀頃にかけて、北イタリアに生きていた民族。場所的には今のピサに近いあたりですかね。西地中海で最初の都市文化を築いたといわれる人々。

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海洋交易民族だけど早々に海洋覇権を失って、わりとあっさりローマに吸収されてローマ市民に。
その後、ローマ化して独自の言語や文化を失ってしまう。

★エトルリア人はどこが重要?

元々もっていた独自文化の上にギリシャからの影響を多大に受けていて、それがローマに伝わったところ。
いわば、ギリシャとローマの橋渡し的な役割をした民族の一つ。エトルリア経由でローマに取り込まれたものの一つがアルファベットだといわれている。

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*この図は「文字と書物」同朋社出版 からのスキャン


ていうか、そもそも自分がエトルリアに興味をもった最初の取っ掛かりが、この変遷図だった。
アルファベットは、元を辿っていくとシナイ半島あたりで使われていたヒエログリフだったといわれる。ヒエログリフが原カナアン文字といわれるものに変化し、そこからさらにフェニキア人が改良してフェニキア文字に。それをギリシャ人が取り込んでエトルリアに伝え、エトルリアからローマに… という流れ。

まあなんだエジプトが関わるものは片っ端から道を辿ってみないと気がすまないので、アルファベットの歴史を調べてたときにエトルリアも一度通ってはいたんだ(笑)

だが、このエトルリア文字、アルファベットとしてどの文字がどれに対応するかはわかっているものの、解読されていない。なぜなら元になったエトルリア語がわかんないからだ。

アルファベットは表音文字なので、音はわかっている。しかし「AKAI」という音がわかっても、それが「赤い」という色を指す言葉だということは、日本語を知っている人でないとわからない。エトルリア語も同じで、音はわかるのだがそれが何を意味しているのかが理解されないのだ。これは、民族がローマに吸収合併された時点でエトルリア語が死語になってしまい、後継言語が残っていない(あるいは、どれが後継かハッキリしない)ことによる。


★東方からエトルリアへの影響

エトルリア人は元々交易を生業としていたので、異文化との接触が多かったようだ。そして東方から多くの要素を取り入れて、独自の文化を築いていった。その内容はギリシャやローマよりもはるかに"東方"チックだ。

有名なこのお皿なんかは、エジプトっぽさが全面に押し出されている。どこから出土したか言わなかったら、エジプト近辺だと思う人がいるかもしれない。

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エトルリア人がエジプト人と同じように死者に特別な敬意を払ったというのも面白い。
棺や骨壷が人の形をしている…。
だが、その墓にこだわる習性ゆえか、はたまた都市部分が今では現代都市の下だからか、生きていた時代の彼らの遺跡はあまり発掘されていなくて、墓からの出土品に関する記述ばかりが目立っていた。本の出版された年代や構成の都合上だろうか。

たぶんエトルリア人の文化は、ローマに吸収されていく後半よりも、前半の都市文明をどのように発展されていったのかのあたりが面白いと思う。冶金術に優れていたというが、その冶金術はどこから伝わったのかとか。そもそも海洋に乗り出していくには造船技術も必要だが、それはどうやって習得したのかとか。

足りない部分もあるけれど、薄いわりにポイントを抑えていてよくまとまってる本でした。
それにしても、発音までわかってるのに解読されないエトルリア語さんェ…(´・ω・`)

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