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zoom RSS 旧約聖書のダビデの実在を証明する資料なんて、エジプトには(今のところ)無いんだけど…。

<<   作成日時 : 2015/05/11 00:10   >>

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今日は、読み始めたあたりから軽く違和感を感じ始めて、最後まで「??」のままだったこちらにツッコんでみようと思う。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150508-00010001-agora-soci

"ゴールデンウィークのこの期間、世界に大きな影響力を有するユダヤ教について、読者と共に考えたい。"


とのことだが、そもそも考えるには元の知識が合ってないと意味ないわけで…。
この人が何者なのかは全然知らないが、とりあえずエジプト周辺の歴史に関する知識は色々と間違っている。


●エジプト捕虜時代なんてない


まず違和感を覚えた場所がこちら。

"ユダヤ民族の歴史は波乱万丈だ。唯一神教のユダヤ教が今日にみられるような宗教として成立したのはエジプト捕虜時代やサウル、ダビデ、ソロモンの3王朝時代ではなく、ユダヤ民族のバビロン捕囚期間とその後だ。"


さらっと書かれているが、エジプト捕虜時代とは何だ…。
バビロン捕囚は確かに存在した。戦争に負けたユダヤ人がバビロンに連れ去られて五十年ほどそこに住まわされた期間はあった。しかしエジプトでユダヤ人が奴隷として暮らした期間は、旧約聖書の主張でしか確認できない。ていうか奴隷と捕虜だと内容がだいぶ違うぞ。

そもそも聖書に書かれている人数が、当時のエジプトの人口比率からすると多すぎる。また、それだけ大量の人間が移住したなら、エジプト側の人口が減って、シナイ半島の人口が増えることになるが、住居遺跡や土器の様式などからはそうした証拠は一切見つかっていない。文字資料としても残されていない。逃げた奴隷がいたとしても数十人から百人くらいの小規模な集団で、構成に尾ひれをつけて話膨らませたんだろうというのが現在の主流説だ。

そしてそもそも、エジプトに近隣部族から連れてこられた奴隷がいたとしても、彼らはユダヤ人でもなければイスラエル国民でもない。だってそんな概念まだ無いんだし。

ちなみにイスラエルという言葉が最初に歴史上に登場するのはエジプト第十九王朝のメルエンプタハ王の時代の「イスラエル石碑」だ。
この石碑では、イスラエルという言葉は国ではなく「民族」の名前として書かれている。よって、イスラエル人のルーツは元々カナアン地方に住んでいた遊牧民シャス人ではないかという説が出てきている。シャス人の神がヤフと呼ばれていたらしいことも、この説に信憑性を持たせている。



●エジプトの古文書に「ダビデの家」という記述はない

そして次に引っ掛かったのがここ。

"ダビデが実存した指導者で、その王朝は、「現在のエルサレムを網羅する大きな統一王朝だった」ことがエジプトで発見された古文書で証明されている。考古学者や聖書学者の中にはダビデも架空の人物と主張する学者もいたが、その古文書には「ダビデの家」という文字がはっきりと記述されていたのだ。"


エジプトの古文書とかいう表現をする人は、だいたい疑ってかかって間違いない。エジプト王朝の歴史は三千年。さらにパピルス文書が作られていた時代はローマ属州時代に入ってからも8世紀初頭頃まで続く。元ソースが何かはっきりわかっている人は、古代エジプトの時代なら必ず「○○王朝」、それ以降なら「○○皇帝の時代」とか時代を指定して書く。この書き方は、なんかよくわかんないけどウロ覚えで書きましたでもバレないよね? って時の書き方だ。(笑)

まあ案の定間違ってるわけなんだが。。。

本来の出所は イスラエル出土のTel Dan Stele だ。

画像


参考
http://en.wikipedia.org/wiki/Tel_Dan_Stele


欠損部分も多いので内容がわかりづらいが、これをどう読めば「ダビデが実存した指導者で、その王朝は、現在のエルサレムを網羅する大きな統一王朝だった」と解釈できるのか。そう解釈する学者がいてもおかしくはないが、すべての学者のコンセンサスをとれるとは、とうてい思えない。

英訳部分を見る限り、「ダビデの家(the House of David)」は、ダビデ王の実在ではなく ダビデ一族 が存在したことしか示していない。
そして、この石碑は主人公となっている王がダビデの家の子らをフルボッコにしました☆と誇っている内容になっており、エルサレムを統一する統一王朝どころか、ダンを支配していた勢力に押されて滅ぼされそうになっている小勢力としか読めない…。


●ユダヤ教とキリスト教の繋がり理解がおかしい

そして最後がココである。


"神殿を失ったユダヤ人の嘆き、捕囚時代の歩み後、神のみ言葉を中心とした信仰生活が確立し、救い主イエスを迎える準備期間に入っていくわけだ。"


この書き方は絶対ユダヤ人に怒られる。(笑) ユダヤ教の人にとってはイエスはパチもん預言者なわけですが…
「別に俺らイエスなんか待ってねーけど? は? 新しい契約? それあいつが勝手に言いだした話だし」ってなりますが…
ユダヤ人が待っていたのはダビデやソロモンの再来であって、イエスではないわけですが…。
なんで聖書が「旧約」と「新約」に分かれてると思ってるんだい、と、この人にちょっと聞いてみたい。



○全般ダメ出し

というわけで、最初から最後まで色んな場所がズレまくっていて、この状態で出された結論にはおそらくあまり意味がない。ガッカリ感の漂うコラムになっていた。

"考古学者の研究で聖書の世界が次第に判明してきた。"


と書いているわりには、元ソースをちゃんと確認してるとも思えないし、むしろ最近の考古学の成果には逆行している。とりあえずソースは書こうぜ、と思う。ソースを書こうとして再確認すれば、勘違いがあってもその時に気がつくから。しかしそれにしてもイスラエルの石碑をエジプトの古文書と間違うのはどうかと思うけど。


まあなんだ、今回も エジプトはとばっちりポジションでした。

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