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zoom RSS エジプトから北欧へ続く道 〜アンバー・ロード、ファイアンスの旅

<<   作成日時 : 2015/02/04 00:10   >>

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ちょい前に調べていた、「アイルランドの遺跡からエジプト産のファイアンスが出ている」という情報に絡むあれやこれやをメモ。



ファイアンスとは、ガラスになるまで完全に融解させる温度が得られない状態で作ったガラスもどき、「半ガラス」的な焼き物のこと。成分や製法が場所・時代ごとに異なるので、産地の特定が可能。

このアイルランドから出土したファイアンス・ビーズは「前14世紀頃」つまり古代エジプトの歴史では新王国時代頃のものと推定されていたのだが、同じ時代の、しかもツタンカーメンの生きていた頃に、交易路がデンマークまで繋がっていたかもしれないという研究が紹介されていた。
それが以下。


Bronze Age beads in Denmark are traced to EGYPT: Ancient Nordic jewellery matches material used in Tutankhamun's death mask

http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-2874402/Bronze-Age-beads-Denmark-traced-EGYPT-Ancient-Nordic-jewellery-matches-material-used-Tutankhamun-s-death-mask.html


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写真ではファイアンス・ビーズのようにも見えるが、記事内では「ガラス」と記載されている。まあどっちかは見た目では判別がつきにくいので、本当にガラスなのかもしれないが…

ここに書かれている副葬品のガラスビーズ、少なくとも一部は、ツタンカーメンの黄金のマスクに使われているガラス(ファイアンス)と成分が一致するという。
ツタンカーメンの生きていたのは、だいたい前1336−1327年ごろ。 (※ソースによって細かい年代は前後する)
北欧の青銅器時代は前15世紀くらいから。
そしてアイルランドで発見されたビーズも、今回のビーズも、紀元前14世紀のエジプトのもの。

もし交易の道がアイルランドまで繋がっていたのなら、その少し先にある北欧まで道が到達していても不思議はない。


記事では、北欧産と思われる琥珀がツタンカーメンの副葬品から発見されていることに触れて、「琥珀の金色がエジプトの太陽信仰と結びついていたのではないか」と推測されているが、まあ、まあ、そこまでは良く分からない。エジプトには金があったし。ただ、 琥珀←→ファイアンスorガラスのビーズ という交換交易は、確かに成立しそうだと思う。どちらも軽くて持ち運びしやすく、しかも少量でも価値が高い。遠距離交易にはうってつけだ。

2014年には、琥珀の産地リガでこれにちなんだイベントも行われていた模様



ちなみにヴァイキングの出てくる時代になると(紀元後900年以降)、琥珀はバルト海から川伝いの陸路で地中海へ運ばれるようになる。いわゆる「東方ヴァイキング」だ。が、そのルートが青銅器時代に既に存在していたかどうかは判らない。また、内陸のルートだけではアイルランドへ繋がることはない。

なので、西回りでイベリア半島を越えていくような海路があったんじゃないのかなあ…とも思ってみたりするんだが、遠いので途中まで陸路、途中から仲介者を変えて海路、みたいな感じだったのかも。そのへんは良く分からないけども。


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エジプトおよびメソポタミアから繋がる道があったとすると、果たして誰が、どのようにしてビーズを運んでいったのか。これぞ考古学のロマン。琥珀とビーズが繋ぐ古代世界、わくわくするじゃないですか。

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