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zoom RSS みんな! 黒歴史を葬り去る前にちょっと待つんだ!

<<   作成日時 : 2015/02/14 00:10   >>

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幼稚園の頃に書かされた「サンタさんへの手紙」はちっとも恥ずかしくないのに、小学校の頃に書いた好きなマンガのキャラ絵はなぜ恥ずかしいのか。
そんな四方山話から考えた、ちょっとした説話。



「黒歴史」というと、たいてい十代の頃に書いた青臭い小説とか、恥ずかしいマンガとか、あまりにも純情すぎるラブレターとか、若気の至りで撮ってしまった写真とかのことである。
ジコチューな設定満載だったり、ネーミングとかが「うわあああ」だったり、まあなんだ、分かる人には分かるが分からない人には説明してもきっと分からないのでそのままのアナタでいてください的な。

内容は人それぞれだが、「黒歴史」というものはネーミングのとおり、自分にとって封印したい、忘れたい歴史のことを指す。それゆえ大抵の人は「黒歴史」の存在した証拠を処分したいと望み、消せない場所にある「黒歴史」を発見すると(たとえば卒業文集とか)、決まって「うわあああ、死にたい」「当時の自分を殺したい」などの苦悶の反応を見せる。

その気持ちは良く分かる。
分かるがしかし、あえて言おう。 恥ずかしいのは、自分が成長した証拠だと。 何も恥じることはない。かつてあなたは子供だったのだ。私もそうだった。

人はいつかは大人になる。と同時に、必ずその前には子供時代を通過する。
子供時代と大人になってからでは考え方や願望が違って当たり前、子供時代にしでかした何かを恥ずかしいと思うのは、それだけ大人になったということなのだ。そもそも子供時代の自分なんて、ほぼ別人である。幼稚園時代の自分も、中学生時代の自分も、どうせ三十過ぎれば同じく遠い昔だ。何をしでかしていたって、かまわないではないか。


「黒歴史」を消したい気持ちは分かるが、同時にそれは、かけがえのない子供時代の思い出ではないのかという考え方も出来る。
かつて子供だった自分を忘れて立派な大人になれるわけがない。子供の頃にやらかしたイタズラも失敗も、痛々しい思い出も、全ては大人になるために必要だったもののはずだ。
いわゆる中二病的な遺産だったとしても、それを捨ててしまうのは勿体ない。気恥ずかしい部分もあるが、今の自分では思いつかないようなことを書いてあったりして、意外と面白かったりもするのだ。

過去の自分があって、今の自分がある。
「黒歴史」は否定されるものではなく、肯定されるべきものである。皆、黒歴史を受け入れるんだ。受け入れたとき、キミは一つ成長できるはずだ、きっと。 そう… ペルソナシリーズみたいに…。


なお、私にとって唯一許容することの出来ない「黒歴史」は中学生時代まで親のことを「パパ」「ママ」呼びしていたことである。何を考えていたんだ当時の自分。ほんとマジあり得ないですしおすし。当時の日記などが発掘されると無条件で焼却処分だ。恥ずかしいってレベル通り越して怒りすら覚えるわ。お前は誰だ。お前を受け入れるくらいなら闇堕ちでいい。



あ、ちなみに中学高校の文集とマン研の出版物は、大事にとってありますね同級生&先輩後輩のみなさん(ニコッ

闇に葬れるなんて思うなよ… ウフ…ウフフ…☆

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