現在位置を確認します。

アクセスカウンタ

zoom RSS 山々に黒曜石を探して。「黒曜石 三万年の旅」を読んでみた

<<   作成日時 : 2015/01/27 00:10   >>

トラックバック 0 / コメント 0

**** 前提 ******

原則として、山からの鉱石や植物の持ち帰りは禁じられています。原則としてというか、私有林で持ち主に許可を得でもしない限り禁止。石一つでも、持ち帰りは山のルール違反です。
山で黒曜石を見つけても、記念に持ち帰ることはやめましょう。

***************


山に行くと、黒曜石が落ちていることがたまにある。

日本は火山大国で、そこかしこ火山ばかりだから当然なのだが、小さい頃は、その黒々とした輝きに心躍ったこともある。といっても見たのは小学校あたりの社会か理科の授業で、学校にあった石を触らせてもらったのだった。

自分の育った場所では、石器作りによく使われていたのはサヌカイト。その名のとおり讃岐(香川県)で取れる石で、叩くとカーンととてもいい音がする。みやげ物屋で買ったサヌカイトの鐘は、たぶん実家の押入れのどこかにある。

四国はサヌカイトばかりで黒曜石はほとんど出てこないよ、という話を聞いて、子供心にガッカリしたのを覚えている。見た目は黒曜石のほうがキレイだし、かっこいいからだ。なんで昔の人は黒曜石のほうを使わなかったんだろう、などと考えていた。実際は、サヌカイトのほうが硬くて使い勝手がいいから、ということだったのだが。(黒曜石はガラス質なので意外と割れやすい)

黒曜石への憧れから、考古学への世界を踏み出す人もいるのだろう。石器や土器は、誰しも(?)子供時代に、一度は夢中になるものだと思う。

黒曜石 3万年の旅 (NHKブックス)
日本放送出版協会
堤 隆

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by 黒曜石 3万年の旅 (NHKブックス) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


というわけで、この本はそんなふうにして黒曜石への憧れから考古学者になった人の書いた、黒曜石の利用を巡る本である。石器に使われた黒曜石の産地、八ヶ岳付近を探索した話などもあり、山登りしなきゃならんとか考古学者ってのも大変だよなァなどと人事のように思って読んでいた。

すべての鉱石がそうであるように、黒曜石にも質があり、良質な原石が豊富に取れる場所は中心的な産地となる。そこから運ばれた石が全国に広がっていく。考古学者は、その経路を追いながら、縄文時代が始まる以前の日本に張りめぐられた「交易網」を推定しようとしている。石器に使われた石の質を分析することによって産地同定が可能になった現代だからこそなせる業だ。

興味深いのが、隠岐島から本州まで、海路延々と60kmも運ばれてきた石があること。「隠岐に流される」のあの隠岐だ。辛うじて陸からは見える距離、とはいえ、丸木舟で海を渡るのは並大抵ではない。そしてもう一つ、ロシアとの共同研究で見えてきたという、「日本から大陸へ」の流れ。

我々日本の考古学者はとかく、人や文化が常に大陸から一方的にやってきたかのようなイメージを抱きがちだが、白滝や白頭山からの黒曜石のベクトルを考えるとき、環日本海における双方向のモノとヒトの交流が見え隠れしている。


ここに登場する「ロシアのウスチーノフカ」というのがどこらへんか、本に地図がのってなくて分からなかったので調べてみた。正確な地名は「ロシア沿海州カバレロボ郡ウスチーノフカ」で、ここになるらしい。

画像


なるほど、日本に近い。年代は1万6000年前くらいとのことで、寒冷紀なので徒歩で渡れた部分もあっただろう、が、北海道の白滝からの直線距離にしろ、朝鮮半島経由で伝播していったにしろ、かなりの距離だ。
しかし古代には国境などない。ヒトの移動は自由だし、獲物を追って、あるいは住みよい場所を求めて、何百キロも移動することはごく普通の生活だったのかもしれない。

「環日本海 石器文化」の発見は、そうした、見落としがちな古代人の生き様を教えてくれるような気がする。モノやヒトの流れが一方向に限定されるなどということは、ありえない。現在日本となっている土地への移住が一時期にまとめて行われることはありえないし、日本まで来た人が大陸に戻ることだってあるだろう。

石器の産地からの伝播は、そうした自然な人の移住の結果かもしれず、果たして「交易」とまでいえるものがあったかどうかは不明だが、可能性を秘めた見方だと思う。


********

小さい頃に黒曜石に憧れ、土器を掘り出すことを楽しいと思ったにも関わらず、私は考古学者にはならなかった。大学の専門にも選ばなかった。今でも好きなジャンルではあるが、それは生涯をかけるものにはならなかった。選択肢としてすらあがらなかった。

その理由を今になって考えてみるとき、仕事をしながら趣味で考古学の本や石や壷を集めていた、じぃちゃんの姿を思い出す。最初に徳島城公園の貝塚について教えてくれたのもじぃちゃんだったし、シャコウキドグウなる不可思議な言葉を覚えたのはじぃちゃんちの本棚だった。

子供時代は、家とか親とか、面倒くさいものに縛られている。
夢を抱いてもそれが叶うとは限らないのは、本人の努力や運だけではなく、そうした人間的なしがらみもあるだろう。

 しかし、好きでいることは誰にも邪魔されないし阻止できない。


私の場合は、しがらみがなくてもたぶん考古学の道は目指さなかっただろうと思うが、ずっと好きではいる。結婚はしないけど、僕たちずっといい友達だよね? みたいな感じ(笑)
季節は春に向かって進み続けている。これから進路を選択する人たちもいるだろう。親に反対されて泣く泣く進路を諦める人もいるだろう。

でも、進路は一つでも、自分の人生は一通りじゃないからな?

誰も認めてくれなくても、なにかの役にたたなくても、自分が好きならそれを続ければいいんだよ。好きでいつづけられるなら、それは自分にとって、本当に必要なものなんだよ。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

山々に黒曜石を探して。「黒曜石 三万年の旅」を読んでみた 現在位置を確認します。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる