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zoom RSS とりあえずマニ教とかミトラ教とか色々調べてきた。

<<   作成日時 : 2014/12/07 00:10   >>

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この間のコレが色々と納得いかなかったんですが、自分の理解力がアレでナニなので講演者の言いたいことが分かっていない可能性もあるなということで、図書館で自主補習。

講演者の本をもさっと借りてきて読んでみたのだが、全般的に思ったこと…
「マニ教」とか「ゾロアスター教」とか単品に絞って書かれている著書には違和感はない。自分に概要しか知識がないせいもあるけれど。

ただ地域や時代を包括しだすと途端に違和感が出てくる。
これは、文献資料に「書かれていること」のみに照準を絞った論説が展開されているせいではないか、となんとなく思ってみた。


文章として書き残されない歴史は多々ある。また書き残された歴史は為政者によって都合よく書き換えられたもので事実とは大きく異なる場合もある。それは私のようなシロートが格好つけて言うまでもないと思う。

前者の例として、ローマ崩壊後のブリテン島がある。4世紀後半以降、文章記録にほとんど出てこなくなってしまうため、かつては大陸との行き来が途絶えて文化が衰えていったと考えられ、「暗黒の時代」などと言われるようになる。しかし考古学的資料を見れば、大陸との行き来は途絶えておらず、むしろローマ領内だった頃より物量が増えているという研究さえある。文献の有無だけで歴史は判断できない。

また後者として有名なものは、リチャード3世の甥殺しのエピソードがあるだろう。リチャード3世は王位を継ぐために、ロンドン塔に幽閉された二人の王子たちをこっそり殺させたという歴史が一昔前にはまかり通っていたが、現在では疑問が呈されており、むしろ定説からは外れている。

これらはうわべの文章記録だけ追っていては見えてこない歴史だ。前者は考古学研究によって、後者は歴史上の人物を一個の人格と見て文献上の行動の矛盾を洗い出していくことによって、書かれていない真実を浮き彫りにした。


そうした「書かれていること」以外の観点からの補正が無いため、文献資料に偏った理解に終始している気がするのである。個々の宗教の教義や、教祖の一生については、文献に残されている内容に因るしかない。だから文献研究のみで完結しても構わない。しかし、その教義が実際にどの程度受け入れられていたか、どのような人が、どんなふうに布教していたか、現地に元からあった他の宗教とどのように折り合いをつけていたかなど周辺情報は、その教義に関わる文献資料には出てこないはずだ。


だからエジプトの伝統的宗教でヘルメス神がどーのこーの、などというよく分からない話になっているのではないかと思う。ヘルメス・トリスメギストスに関する文章は確かにある、グノーシス思想の中の一文書として挙げられることもある。だがこれは教義とか宗教しかいうレベルではないし、広く信仰されたものでもないし、、、、

文書として存在することと、その土地で信仰されたことは別なんである。
たとえば鎌倉時代の遺跡からコーランが出てくることがあったとしても、べつに日本にイスラムが布教されていたとは限らず、たまたまイスラム教徒が日本まで来て亡くなったのかもしれないんである。布教されていたとするなら、モスクの跡とか、コーラン以外で日本人信者の書き残したものとか、他の物的証拠も見つけなければいけない。

なんか、そういう細かい検証や補正が効いてないのが、今までに読んできた本や自分の限られた知識との不整合を起こさせていたる原因のような気がしてならない。自分が根本的なところで誤りを犯しているのでなければ、だけれど。(笑)



違和感の一端を挙げてみる。

まず自分は、グノーシス思想は非常に哲学的で難解であり、限られた知識層にしか理解・伝道されなかったため後世に伝わらなかったと理解している。

これは、古代メソポタミアやエジプトにおける「神話」の受容と同じだ。ある神を信仰している一般大衆は、その神に纏わる詳細な教義や神話など知らない。知っているのは神官や知識人たちだけで、民衆はそこから下ろされてきた印象的なストーリーの部分や、自分たちに具体的にどのような利益があるのか、といったことのみである。

(逆に言えば、初期キリスト教の成功は、一般大衆レベルで「わかりやすい」言葉で説教したことだと思う。)


たとえばでマニ教を挙げるが、見るからに難解そのものなマニ教が、神話の「ストーリー」を主軸として布教されていたというのなら、その教義は一般民衆に伝わっていたはずはない。はしょった日本語訳の神話を読んだだけで「…これ厨二病ファンタジー小説の設定集っスか?」ってなるレベルなんだから。(笑)

他のグノーシス諸派の思想と同じく、限られた知識人のみに布教されていたと考えるのが妥当だろう。日々の生活に忙しい一般人に、複雑な神話ストーリーを受容する余裕はないし、「人間の本質やら世界の成り立ちやらを理解しなければ天国にいけない」と説くようなメンドクサイ神様には帰依しない。

だから、マニ教がエジプトに「確かに根を下ろしていた」とか言われると、むちゃくちゃ違和感があるんだ。

文書としてみれば、コプト語に翻訳されたマニ教関連の文書は確かに存在はする。
が、現地でどの程度受け入れられていたか、一般民衆が帰依していたかどうかは、文書の有無や量とは比例しない。グノーシス思想は文章の読み書きのできる知識人限定で受け入れられた哲学的な宗教なので、各々が文章を大量生産するのは当たり前だと思う。ただそれは文盲な一般人への布教とは必ずしも比例しない。

他の地域もそうで、その地域で文書が見つかることと、その地域の一般人が理解していたこととは全然別物じゃないのかと。

この観点がすっぽ抜けてないだろうか…。



そしてこのツッコミの延長戦として、「旧約聖書」と「新約聖書」は確かにどちらもキリスト教の聖典扱いだが、ぶっちゃけ「旧約」はユダヤ人の固有の歴史としての側面が大きすぎてほとんど受け入れられていなかったと思う。ユダヤ教徒は重視しているが、それ以降の初期キリスト教で中心的な役割を果たしたのはイエスの言葉、「新約」のほうだろうと。

講演者は、聖書ストーリーの伝播の説明で、「汎用的な意味合いを持つ新約に対し、なぜ旧約まで受け入れられていったのか良く分からない」というような話をしていたが、そりゃ実際は受け入れられていなかったが正解だからちゃうんかなと。おそらく受けいれられていたとすれば人類誕生とかアダムとイブのあたりとか、ごく一部なのではないか。

で、その「ごく一部」をまとめたものが、イスラム教でいえば、コーランの中に入ってるあの短い記述なんじゃないのかな。
(コーランの中には旧約聖書からとってきた部分もある)



というわけで、なんか色々調べて強く感じたのは、「文献学の限界」というものだった。
というか、やっぱ歴史理解は書かれていること鵜呑みにするんじゃダメなんだろうなと強く感じた。
講演会後の感想にも書いたが、「文献研究と考古学研究の齟齬」が生まれる原因は、やはり根が深いと思う。






まーほぼチラ裏なんであれですが、講演者の講義は朝日カルチャーセンター行けば受けられるんで(有料ですが)、気になった方は行って聞いてみて、自分ならどう感じるかを確かめてください(笑)

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