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zoom RSS 古代エジプトビール再現実験にまつわる追加確認

<<   作成日時 : 2014/12/15 00:10   >>

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かつてキリンビールの公式ページにあった「古代エジプトビールの再現」。
※現在はURLが移動して、 ここ になってます。

内容も当時から大幅に変わっている模様ですが、当初掲載されていた内容では不審な点が多々あり、知人酒マニアから「出所調査してこい」と依頼をいけてそもそもこれの出所は何だろう? と独自に調査してみたのが2008年。
(その時のまとめがこちら)

それから年月も経過しましたが、こないだ出席したとある会で、似た研究をされている方の話を聞いて当時わからなかった点がいくつか判明したので、追加しておきます。

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●キリンビールの研究は確かに独自研究だった


2008年に上げたこの記事で、「出所が分からない」と書いていた説。正体はこれでした。

Insight Into Ancient Egyptian Beer Brewing Using Current Folkloristic Methods (PDF)
http://www.ibrarian.net/navon/paper/Insight_Into_Ancient_Egyptian_Beer_Brewing_Using_.pdf?paperid=2847165

上に挙げた図はここからとったものです。かつてキリンビールのサイトで「新王国時代の製法」として紹介されていた、出所が確認できなかった図がこれです。
2008年当時は、タイトルと概要まではたどり着けていたけど本体がネット上で確認できなかったんですよね。

今回、全文を読んで、「ああ、こういうことだったのか…」と納得しました。ちなみにこの論文はキリンビール職員でもある Hideto Ishida 先生が単独著者 です。

その意味でキリンビールのサイトは確かに正しかったのです。正しかったのですが、…おそらくマーケティングのためでしょうか、Second aithorにも入っていない吉村作治氏を新説の発見者として全面にプッシュしたのがいけなかった。



●元論文はまともだったがサイトの内容は間違えていた理由


現在はどうも修正されているっぽいですが、当時はいくつか致命的なミスがありました。
その原因は、キリンビールのサイトは上記の元論文(英語)を日本語で書き直した吉村氏のサマリーを元に作ったからと推測されます。

そのサマリーとは、「エジプト古王国ビール復元の一考察」『三笠宮殿下米寿記念論集』 刀水書房 です。

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ネット上では見つかりませんでしたが、図書館行けばあると思うので興味のある方はどうぞ。

論文の系譜は以下の通り。 ★の部分で情報の8割がすっぽ抜けた挙句、一部出所のよく分からない情報に置き換わっています。

Samuel(2000)ほか先行する研究 → Ishida(2002) →★→吉村(2004)

その最たるものが2008年当時もツッコミを入れた「デュラム小麦の使用」という記載。
デュラム小麦がエジプトに入ってきたのはローマ時代のはずで、王朝時代に栽培された証拠がありません。なのに当時のサイトでは「新王国時代の製法」としてデュラム小麦を使用すると紹介していました。

この誤解は「吉村(2004)」の時点で発生していて、途中からいきなりデュラム小麦を使って実験したことになっています。

ちなみにIshida(2002)にもデュラム小麦などという記述は出てきません。ただし、以下のような記述があります。
*太字は中の人による

Part of this future study will concentrate on the bacteriological investigation of the mixed starter in order to test the hypothesis that there was a change in processing technique corresponding to the change from emmer to normal wheat.


何度か論文内に登場する「normal wheat」という言葉が何のことか不明ですが、文脈からして普通系コムギ(common wheat)のことではないかと思いました。コムギには主要な系統が3つあり、古代エジプトで一般的だったエンマーコムギは「二粒系」、現在世界の9割以上で栽培されているパンコムギやデュラムコムギは「普通系」。普通系コムギは栽培による品種改良で生み出されたもので、遺伝子研究から、誕生したのはカスピ南東沿岸の可能性が高い、とされています。(*「ムギの民族植物誌」

しかし実際は、素材となる小麦がエンマー小麦から変化したという証拠は壁画からも文章記録からも読み取れないはずなのでこの論文の中で根拠不明な部分、しかも普通系小麦の中でデュラムコムギだと特定されているわけでもないものを勝手に置き換えるのは違う。

ここまで気が付くと、誤解の原因が次々と明らかに…。


●謎の「ワイン」の正体は果実汁だった

当時のキリンビールのサイトで紹介されていた「新王国時代のビール製法」と言われるものの途中に、ワインを投入する行程の絵がありました。(これ
しかしエジプトはブドウ栽培に適さないため、ビールよりワインのほうが高級品です。ビール作りにワインなんか使うわけないだろ。と、一般の酒好きからもツッコみが入っていましたが、元論文ではこうなっていました。

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Wine じゃなくて Date Wine って書いてあるじゃないですか。

糖化させた麦だけじゃ足りないので、糖分の多い果実汁を入れて発酵を促進させようという至極全うな記述。つまり当時の英語版サイトのほうで紹介されていた製法の”First date sugar solution…”と言ってる部分です。

当時の日本語のキリンのサイトのキャプチャ見返してみると、日本語のほうにもデーツ果汁は出てきているんですよ。なぜか風味付けの意味で使われてますが。そこじゃない。その行程じゃなかったんだ。(´・ω・`)

おそらく、英語版の作成者は元論文の内容を理解して実際に再現実験を行った人で、日本語ページは吉村氏のサマリーだけ読んで内容がよく分からないまま作ったんじゃないかと…。

なぜ誰もチェックしなかった…。



●変わってしまった研究の意味


そして他に腑に落ちなかった点も、Ishida(2002) →吉村(2004) の時点で落とされた情報に存在したことが分かってきました。


・古王国時代と新王国時代のビール製法の違いが明確に言い切れるわけがないという批判


元論文はこの区別を行っていませんでした。壁画の年代として時代を提示しているだけです。また文献資料として私用しているZoshimusiについても、正確に「紀元後3世紀のエジプト人」と記載しています。そして「王朝時代からZoshimusの時代まで、ビールづくりの大きな枠組は変わってない」と述べています。
ただし細かなところで道具や手法が変化した可能性については示唆しています。

ちなみにディオドロスどこにも出てきませんでした。


・壁画からだけでビール製法が分かるわけないだろという批判


まったくそのとおりで、元論文では壁画からだけの再現なんて行っていません。むしろ逆で、文献証拠や世界各地の伝統的な酒づくりのデータを壁画に当てはめる作業を行っています。


・世界の伝統的な醸造酒づくり


最初にサワードウが出てくるキッカケになった、世界各地の伝統的な酒の作り方に関する考察の面白い部分の大半がなくなっている…。地域ごとに使われる穀物の比較や、穀物の種類によって発酵しやすさがどう違うかなどの比較も元論文ではなされていました。ていうか、そこをはしょったら、壁画からは再現されるはずのない手法がいきなり掲載されていて、キリンビールのサイトが意味不明なことになってたんだと思います。


・結局、何が新説だったのか

乳酸菌の使用および、その維持によるスターターの使用に関する部分と思われます。

発酵に必要なのは酵母ですが、酵母単品ではなく、乳酸菌と一緒に保存することで長持ちさせられます。現代アフリカの醸造ではボウザというパンを使うようですが、それに似た形でサワードウというすっぱい塊を維持していたのではないかということ。
生焼けのパンを使うだけでは酵母が十分に活動できずアルコール度数の低い酒が出来てしまうところ、このスターターと、果実汁という糖分を最初に加えることによって、発酵の勢いを増すことが出来るということです。

またサワードウの形で乳酸菌を意地することによって、現代の醸造における酵母の選別に似た状態になっていた可能性あります。



●最近の研究

そしてこれらを継承した最近の研究がこちら、2010年のビール工房の実際の発掘。
今回のこの記事も、ここでIshida(2002)が引用されていたので気が付いたんですね…。吉村(2004)は要らなかったんじゃないかという気もしますが、きっと大人の事情なんでしょう。


ちなみに古代エジプトでは、先王朝時代のビール工房跡は見つかっていますが、王朝時代の遺跡は見つかっていません。すなわち壁画は比較できても、実際の痕跡から製法のウラをとることは出来ません。

古代エジプト文明最古のビール醸造址−その醸造方法と社会的機能を探る− (PDF)
http://www.asahigroup-foundation.com/academic/support/pdf/report/2009/09.pdf

こちらの研究は出資元がアサヒビールなんですが(笑)、実際の遺跡で理論を検証しているので理解しやすいです。製造工程の中で確かに果実が使われていたこと、穀物はエンマー小麦であること。また大量生産していることから、この初期のビール工房はエリート層に属していたのだろうなどということが書かれています。

サワードウは維持管理が難しいため、各家庭で個別に行うよりは工場で大規模に行ったのではないかと講演者は仰ってましたが、私はどうだろうなーという感じ。各家庭ではなくても村に一軒とか小さい酒屋があって、そこでドブロクみたいにやるようになったから遺跡が出てこないんじゃないかという気も。どんなものでも、技術はこなれてくると庶民に浸透して俗化されていくからなあ。

ちなみに、このビール工房跡からはぶどうの種も検出されているということで、「高級品だったぶどうを敢えて使うわけないだろ」と言った当時の私はひとつ間違えていたことになります。ただ、希少価値の高かったワインをビール作りに使ったってことはやはり考えにくいです。


*******

まとめ

Ishida (2002)の内容を確認せずに「新王国時代のものとされている製法は論拠が薄い」などと書いてしまったのは若気の至りというかごめんなさいです(´・ω・`) 

元論文は示唆に富む素晴らしいもので、「新王国場代の製法」などと断言はしていなかった。古代エジプトビールの製法をマトモに研究したもので、確かに新説でもありました。

それを台無しにして、シロウトにツッコまれるようなわけのわからん状態で掲載した他の人たちと、「とりあえず吉村作治の発見ってことにしてマーケティングすりゃ話題性バッチリで売れるだろ!」って判断した責任者の人は、ちょっとそこに正座して一緒に石田先生にごめんなさいしようか。



シロウトで適当にやってる私が恥かくのなんかどーでもいいんですよ。
そのシロウトにすら「これおかしいんじゃね」ってツッコまれるレベルのことを見逃したのが問題。ンなことやってると、あとあと首が絞まるのは本職の学者さんたちよ。とくに文系は理解されにくくて予算貰いづらいはずでしょ。ちゃんとやりましょう、ちゃんと。

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