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zoom RSS マリア・ライヘ、ナスカの地上絵に生涯をかけた一人の数学者の物語

<<   作成日時 : 2014/11/28 00:10   >>

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そういやナスカの地上絵といえばマリア・ライヘだよな→あれ、伝記っぽいのがある。読んでみよう→で、読んでみて今に至る。



その時点で著者名は「どっかで見たなー」くらいであんまり気にしていなかったのだが…後でググってみてびっくり…あーうん、あー、あのひとなのね。というカンジ。先に顔写真を見てしまうと脳内で音声つきで文章が再生されてしまうので、名前だけ見てピンと来ない人は先にググらないことをお勧めする(笑)


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さて、あんまり知られていないが「ナスカの地上絵」は一時期、存亡の危機にあった。

そもそも発見されたのがつい最近、上空を飛行機が通るようになってからで、それまでナスカの乾燥地帯にそんなものがあるとは近所の人も知らなかった。フジモリ大統領以前のチリが破綻寸前で超インフレ、高い失業率だったこともあり、遺跡があると分かってからも保護のための予算はつかなかった。また水に乏しい地域のため、遺跡を横切って水路を引く建設計画もあったりした。

まだナスカが観光地化されておらず、その価値評価も、調査もほとんど行われていなかった時代。
そんな時代に、自らの意思だけで、たった一人で遺跡の側に住み、自費を投じて研究と保護に捧げたドイツ人女性がいた。彼女こそマリア・ライヘ、今ではナスカの地上絵とセットになって語られる人物である。

第一次世界大戦以前のドイツに生まれ、故郷を後にして半生以上をペルーで過ごした。教師であり、数学者でもあったが、考古学については専門で学んではいない。そのため勝手に遺跡の側に住み着いたマリアを地元の学者や専門家はあまりよく思っていなかったらしい。まあ良く聞く話である。しかし、彼女の精力的な活動が無ければ、地上絵は大半が消えてしまっていたかもしれない。

ちなみにこの本は、「地上絵の謎を追ったマリア・ライヘの生涯」と題されてはいるが、マリア・ライヘの自伝では無い。マリア・ライヘに興味を持った著者の、マリアの生涯を辿った過程の記録エッセイである。よってタイトルのマリアの障害に関する記述はほとんどない。主軸となるのは、著者のナスカへ行くまでの話、マリアの生まれた場所(東西ドイツに分かれていた時代で、場所は東ドイツだった)を探しに行った時の話、マリアと過ごした日々の思い出話、などである。無味乾燥な伝記よりは、実際にその人物に会って話をし、風景を描き出した日記のほうが好きな人にはお勧めだろう。

伝記はえてして当人が亡くなったあとに書かれる他人事だが、この本はまだ彼女がこの世にいた頃に書かれているため、実際に交わした会話や、マリアがどのような暮らしをしていたかが良く分かる。その意味で貴重な本だと思う。なにしろ1980年代のことが書かれている。当時はまだナスカは世界遺産ではなかったし、観光客を受け入れるための設備も整っていなかった。きっと今では観光客向けのホテルが立ち並ぶ、立派な町ができているのだろう。




この本の中で一番面白かったのは、実はペルーでの話しではなく、著者の東ドイツ潜入の部分である。

東ドイツに入るのにいかに苦労したか、東西の間の溝がどんなふうであったか。西ドイツ在住の日本人を通訳に連れていこうとしたら止められたなど、今の時代からすると不思議に思える。
ベルリンの壁が壊れたときのことを私は知らない。物心ついた頃に何かのテレビ番組で見た覚えはあるが、多分それは歴史番組か何かだったと思う。気がついたときには、ドイツの地図には「元・西ドイツ」「元・東ドイツ」と書かれていた。東西に分かれていた頃の東ドイツに行くというのは、今で言う北朝鮮に行くようなものだろうか。マリア・ライヘの子供時代を知りたい一心だけでそこに行き、ダメモトで資料を探すというのは、大した情熱と行動力だと思う。

そこで見て感じた内容が、率直に、説教くさくなく書かれているのが面白いと思った。
タクシーの運転手が言った「チェルノブイリの雨は資本主義の国にしか降らない。ここでは事故があったことすら報道されていないから」のようなダークなジョークが出てくるような空気は、おそらくその時代、その場所にいた人でないと判らないものだろう。

ただ、このドイツ体験部分のインパクトが大きいために、肝心のペルーの情景が吹っ飛んでしまっているのだが(笑)


あと本筋とは関係ないところで唐突に出てくるデニケンにもちょっと吹いた。しばらく見かけないと思っていたのに、まさかこんなところで再会するとはな。

エーリッヒ・フォン・デニケンは、オカルト・ミステリー本では必ずといって出てくる、世界中の遺跡や遺物を宇宙人と結びつけ、オーパーツだと言い張った、いらんことしぃの人物である。片っ端から否定されフルボッコにされており、今ではオカルトファンにすら「古臭い」と一蹴されているくらいだが、当時は相当なブームになったようで、いまでも古本屋をあさるとその残滓が山ほど発掘される。

そのデニケンがナスカの地上絵はUFOの着陸場所だと言い張って、その信奉者たちがナスカにやってきて地上絵を踏み荒らしたらしい。マリア・ライヘは絶望的な気分を味わったという。エジプトでも同じようなことが起きているが、真実の探求者を名乗りながら、その実やっていることは破壊活動だという人々が絶えないのは一体なぜだろうか。

そんな破壊者たちから、彼女は地上絵を守った。一人だけの力ではないだろうが、少なくとも多くの部分を担ったことは確かだ。

「一所懸命」という言葉がある。ひとつところに命をかける。そのあり方は、古今東西を問わず人の心に響く。バカじゃねーの、と切り捨てることも可能だし、もっと巧い方法があったはず、と言うことも出来る。このひとがやらなければ別の誰かがやってただろうという意見もある。

が、何か一つに一生をかけるなど到底出来ない私には、こんな生き方は、眩しいくらいに憧れるものなのだ。

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