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zoom RSS アラスカに生きる先住民族の記録「極北のインディアン」

<<   作成日時 : 2014/11/11 00:10   >>

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1960年代、ひとりの日本人女性学者がカナダ北部のヘヤー・インディアンの村に住み込んでフィールドワークを行った。これはその記録の本。

極北のインディアン (1965年)
朝日新聞社
須江 ひろ子

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* 調べてみると出版社を変えて何度か出しなおされているようなので、↑これ以外にもあると思う。


以前紹介した「カナダ・エスキモー」は同じカナダでもより北限に近い場所に住むエスキモーたちの話。こちらはもう少し南に住むインディオたちとの生活の話だ。ヘアー・インディアンはデネ族と言われているが、デネはナ・デネのこと。アメリカ大陸に住むインディオは、大きく「ナデネ語族」「アメリンド語族」で分けられていて、遺伝的差異の大きなアメリンドのほうが先にアメリカ大陸に渡ってきたのだろうとされている。ナデネは部族間の遺伝的な差異が小さい。

>>アメリカ先住民の遺伝子情報についての資料はこちら参照。


カナダ・エスキモー(イヌイット)との暮らしと、ヘヤー・インディアンの暮らしは似ているところもある。
イヌに対する扱い、狩りに銃を使うこと、季節になると狩りのために家族で住居を移していくこと。毛皮などを売って現金収入を得ているが、それだけでは暮らしてゆけないため政府の援助を受けつつ、交易所で燃料などを手に入れていること。元々アルコールという文化のない地域のため、白人との接触でアルコールを知ったことにより堕落してしまった人もいることなど。

しかし一番違うのは、やはり「生肉を食うかどうか」だろう。

「エスキモー」という言葉がもともと、インディオの言葉で「生肉を食うやつら」という野蛮人のようなニュアンスの言葉だった、という話は既に以前の読書記録に書いた。
ヘヤー・インディアンは生肉は食べない。アザラシやセイウチといった海獣を食べている描写はない、主要な食べ物は魚とウサギで、魚は干物にし、ウサギはシチューなどにして食べる。たまにカリブー(シカ)がとれると宴会になる。生活様式には伝統的な要素も多く残っているが、魚とり網はナイロンになり、シカ狩りには銃を使う。またモーターボートで移動するため、燃料を買う現金が必要となる。

エスキモーとの生活は出来そうに無いが、ヘアー・インディアンとの暮らしは日本人にも馴染めそうな雰囲気だ。

エスキモー側の記録にエスキモーとインディオが仲が悪い(というか生活リズムがあわない)事情が出てくるように、インディオ側もやはり同じようにエスキモーを嫌っており、避けている。「イヌイットの呪術師は強いから、呪い殺される。近づいてはけない。」と表現されているのが面白い。インディオ側から見た、さらに極北の人々は、得体の知れない存在なのだ。フィンランドの叙事詩「カレワラ」に登場する、フィンランド北部のラップ人に対する評価とよく似ている。北の地は魔術的なものと捉えられやすいのだろうか。

先住民族であるインディオは、エスキモーと同じく"旧大陸"の病気に耐性がない。そして、エスキモー同様に結核は高確率で発症し、時には死に至る。病院は村にはなく、町の病院に入院して療養することになる。その際、エスキモー(イヌイット)とインディオは別々の病室に分けるという。ケンカになるからだそうだ。
ちなみに医療費は政府負担。

カナダ北部のエスキモー、インディオそれぞれの記録を読んでいた思ったのは、カナダの福祉・医療費は、かなりの部分が彼ら先住民に裂かれている、というか裂かざるを得ないのだな、ということだ。そうしないと死んでしまうのだ。本人たちは長年不安定な狩猟生活で暮らしてきており、飢餓にも病気にも慣れている。この本にも「飢え死には犬死ではない」という表現が出てくる。かつては、不漁の年は村まるごと飢え死にで全滅ということも珍しくなかったという。
しかし近代国家では、それを見逃すことは許されていない。

とはいえ極北の地では農作や牧畜が根付きにくく、根付いたとしても非効率なのは間違いない。観光資源があるわけでなし、狩りや漁で得たものだけでは十分な現金収入にならない。
結局、政府が生活を援助するしかないわけで…。まあ、日本でいう生活保護や医療費援助みたいな問題が発生しているのは想像に難くない。

一方で、子供たちが教育を受けるため早くから故郷を離れた結果、英語は覚えたが元々のヘアー語は忘れてしまった、といった問題も発生しており、近代化と伝統保持の間で苦労していたさまが1960年代の時点で既にうかがえる。果たして、現在はどうなっているのだろうか。





北アメリカは、先住民自体が国家を起こした中南米とはその後の歴史が大きく違っている。
実に興味深く、考えながら読ませてもらったが、最後に一つ、このヘアー・インディアンの中に溶け込んで暮らしたという日本人の話を書いておきたい。

彼の名は増住弘貴という。1884年、熊本県出身。その足取りを追ったドキュメンタリー「インディアンになった日本人」が熊本テレビによって製作されたという。船が難破してアラスカにたどり着き、仲間たちは帰国したのに彼だけはそのままいついてしまったのだそうだ。現地で結婚し、子供ももうけた。現在でも、マスズミ姓をもつ子孫たちはこの本の舞台となったポイント・グッド・ホープ付近に暮らしているという。

マスズミ氏は70歳を越えて亡くなったという。遠き異国の地にての大往生、ドラマを感じずにはいられないエピソードとなっている。


****

とりあえずアレだな。
ちょびっとずつ本読んでるうちに、カナダ北部の民族事情もちょっとずつ分かってきたぜ!
この積み上げ感が楽しいのだ。(本も部屋に積みあがって大変なことになっているが。。。)

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