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zoom RSS ジェル王の墓はなぜオシリスの墓とされたのか。「勘違い」or「政治的意図」

<<   作成日時 : 2014/10/29 00:10   >>

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エジプト神話にオシリス神という神様がいる。

[>詳細
http://www.moonover.jp/bekkan/god/osiris.htm


この神様には墓が在る。といっても本来の持ちぬしは第一王朝のジェル王なのだが、後世に「これがオシリスの墓だ!」として”発見”され、以降そうだと信じられ続けていた。神の墓所があるとされたアビュドスは、長きに渡りエジプト人の信仰の地であり続けた。

ここをオシリスの墓と断定したのは中王国時代だとされるが、本格的に信仰の対象となったのは新王国時代のはじめだったらしい。墓の発見者はフランス人エミール・アメリノー、発見年は1897年。その発見時の状況を読んでいたら、なんとなく違和感を覚えてきた。

そもそもジェル王の墓がオシリスのものとされたのは、何故だったのか。

ジェル王の生きた時代は紀元前3000年頃、新王国時代の開始は紀元前1550年。およそ1500年経っているとはいえ、過去の人間の王の墓を神の墓と言い張るのはいささか無理があるんじゃないかと。

ジェル王の名をオシリスと読み間違えたからではないか、という説もどこかで読んだことがある。が、読み間違えてたら誰か気が付くだろうと。ていうか長年にわたり多くの巡礼者が訪れていた一大巡礼地なのに、そんなチョロいミスじゃ説明つかない気がするのですよ。

もしかしてこれは、本当は違うって分かってたけど必要だったので意図的に誤魔化した、いわばブリテン島における「アーサー王の墓」と同じパターンではなかろうかと…。

アーサー王の墓の概要については、以前ちょろっと書いた。
http://55096962.at.webry.info/200902/article_10.html


”政治的”に必要な時に、必要な遺物が見つかる現象は、歴史において、それが”故意”であることの十分すぎる証明だ。そこに偶然や奇跡や神の意志は介在しない。オシリスの墓は、政治的に必要とされていた。それはオシリスの死と再生にまつわる神話が真実であることの証明であり、王の治世が永遠に続くこと、死語の世界が本当にあることを意味していた。

中王国時代は第一中間期を体験し、新王国時代はさらに第二中間期も体験している。
中間期とは統一王朝が失われた戦国時代を意味する。秩序の崩壊した乱世の後、古代エジプトの政府は民衆に、秩序を示す必要があったはずだ。その秩序とはすなわち上記のような「オシリスの墓発見」によって証明されるものであり、王の絶対的権威も秩序の中で保障されている。

デッチ上げてでも墓を「発見」したことにしたい理由は十分すぎると思うんだがどうだろう。



というわけで、ヴォクは今日から「本当はジェル王の墓って分かってたけど、聖地作りたかったんでオシリスの墓って言い張った。」説をとろうと思う。

オシリスの墓があったと言い張ってた都市は他にもブシリスとかがあるので、たぶん「どこにオシリスの墓を”設定”するか」でモメたりしたこともあったと予想。少なくとも、読み間違いとかいう投げやりな理由よりこっちのほうがアリだと思うんだよね。

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