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zoom RSS インダス文明地域とメソポタミアの繋がりに関する疑問点/ メルッハ=エジプト説の謎

<<   作成日時 : 2014/10/14 00:10   >>

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以前もネタにしたが、シュメル文明の発展したメソポタミアのあたりは、悲しいほど資源がない。そのため必要な資源は近隣との交易で手に入れるしかなかったのだが、その輸入先の一つがインダス文明地域だったことはよく知られている。

メソポタミアの碑文だと、インダス文明地域は「メルッハ」という名前で呼ばれている。

インダス文明が何時ごろ衰退したかは、遺跡の発掘によってもある程度分かっているが、メソポタミア側の資料に名前が出てこなくなることも一つの指標となっている。それが、だいたい紀元前1800年あたりとされている …のだが。

「あれそういや、もうちょっと後までメルッハって言葉使われていなかったけ。」と微かに気になったりならなかったりしていたのが、別件で借りてきた本にさらっと大変なこと書いてあった…。

 前1千年紀の楔形文字でメルッハと呼ばれているのは、実はエジプトとする説


なんでやねん(ツッコミ


前一千年紀の楔形文字文献のメルハは、エジプトを指すため、注意が必要である。
これは、インダスとの交流が途絶えたのち、新たに、金や象牙、黒檀などの木材の主要な輸入先となったエジプトを指すようになったものと推測される。

「インダス 南アジア基層世界を探る」→コラム「メソポタミアとの交流」



はい? え、方角逆ですけど? というか金も黒檀も象牙もエジプトじゃなくてヌビアだよね? わざわざエジプト経由で輸入したら、めっちゃ遠回りじゃね…?

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象牙や黒檀の輸入先を「メルッハ」と呼んでたなら、それはエジプトではなくヌビアのことだと思うんですが…。

全く逆方向の地域を同じ言葉で呼ぶのも、普通はない。インダス地域からの輸入の中継地点がアラビア半島の先にあったディルムン(現在のバーレーン付近)もしくはマガン(現在のオマーン付近)だったから、ヌビアからの輸入品も同じ中継地を経ているという意味で区別なくメルッハと呼んだと考えるほうが現実味がある。つまりエジプト経由ではなく、直接海上経路でディルムンかマガンに入っている = エジプト絡んでない、と、私は思う。

インダス文明なき後の「メルッハ」の名称が別の地域の名前に使われていた、というのは考えてみなかったなーと思ったけど、なぜメルッハを、象もいなければ黒檀もなかったエジプトと断言するのかが、これだけだと私には分からない。到底信じられない。

まあ気が向いたら、これも調べてみますかね…。


*おまけ
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この表はいいものだ。ちぅか、インドの主要輸出品は、やっぱりカーネリアンなのね…。



***************

2014/11/2 追記

その後調べてみると「メルッハ」の文言が出てくるのはアッシリア王センケナリブのエジプト遠征時の碑文らしいと判明。二度エジプト出兵しているが、どちらかは不明。当時のエジプトは第25王朝(ヌビア人王朝)の時代のため、メルッハ=エジプトというのはある意味正しいが、エジプトりの中でも特にヌビア人王朝のことを指している。

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