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zoom RSS 変わる古代マヤ観/中米の考古学

<<   作成日時 : 2014/09/16 00:10   >>

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増補版が出ていたので読み直してみた「古代マヤ 石器の都市文明」。
「石器の都市文明」というタイトルが、既にこの本の言いたいことのコアを表していていいタイトルだと思う。

古代マヤ 石器の都市文明―諸文明の起源〈11〉 (学術選書)
京都大学学術出版会
青山 和夫

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中南米の文明には、青銅時代、鉄器時代というものがない。冶金技術がなかったわけではなく、黄金をはじめとする金属器はあるのだが、武器を金属で作るという発想がなかった。マヤに限るなら、文明の発展していた地域の湿度が非常に高かったため、変化しづらい金銀を除くと金属が錆び易かったことが起因するのではないかと思っているのだが、特に本では触れられていなかったので置いておく。

かわりに石器が発達していて、様々な使われ方をしていた。ただ、その石器の作り方や使用方法についての研究は、今までほとんどなされていないという。旧大陸の感覚だと、石器時代は青銅器時代に先立つもの、金属の時代より劣ったもの、と考えられてきたからだ。だが実際には、石器時代を続けたマヤは、地球上の他のどの地域よりも石器文明を発達させた文明だったという。

そしてまた、かつてのマヤ学は目立つピラミッド神殿などの遺跡ばかりに注目していたため、祭祀施設を中心として集落が散発的に存在するだけの「都市なき文明」と考えられていた。実際には、人口一万人を越えるような大都市が多数平行で存在し、それぞれに王をいただく群雄割拠の時代が続いていた。


新たにわかってきたマヤ文明の姿は、かつて定説のように流布されていたものとは大きく異なる。

私が子供の頃にテレビ番組なんかでやってた話では、「マヤ文明は突然ジャングルの中に出現し、突然滅び去った謎の文明」と言われていた。今でもその古臭いイメージのままやってるレベルの低い番組もあるようだが、既に「謎」は謎ではなくなった。

突然出現したように見えていたのは、発展の前段階が見つけられていなかったから。突然滅び去ったように見えていたのは、発展している中心部が移動したから。ひとつの都市が衰退した時期、他の都市では逆に発展していた、という状況も見えてきている。マヤの各都市は互いに戦争を行い、勝敗によってその後の盛衰が決まっていたところもあった。また、気候変動や、人口の集中による都市の周囲の森林破壊が、移住を余儀なくすることもあった。

なんのことはない、同じく都市国家を擁していたメソポタミアとよく似たパターンなのだ。別に特殊な謎の文明ではないよな、という感じ。そして本の最後には、現在も生きているマヤ文明の継承者たちの話も出てくる。マヤ文明は滅びてはいない。ただスペイン人の到来とともに、新たな文化を「受け入れ」て変容していっただけなのだ。スペイン人は彼らの魂の征服には失敗した、とい表現は実に的確だと思った。

*マヤ人と征服者との長きに渡る闘争の歴史は、全然別ジャンルの本だが、こちらで補完するとよくわかると思う。遺跡の地図や写真も豊富。

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「過去の」マヤ学の方向が修正され始めたのは二十世紀後半から。つまりまともなマヤ学は、半世紀ちょっとの歴史しかない学問、ということになる。

ただ、それは他の文明でも大差なく、比較的古くから研究されていた古代エジプトでさえ、文字の解読から二百年ほどしか経っていない。ヒッタイトもインダス文明も、マチュピチュの遺跡も、ここ百年ほどの間に発見された。それらの発見から文明の多様性を知り、一つの枠に当てはめた「文明」観は意味を成さないのだと学ぶことによって、我々は、ようやく過去を正しく理解する方法論を手にしたと言えるかもしれない。

かつての一方的な見方が薄れ、理解の土壌が整えられたことで、近年マヤ学は急速に発展している。(マヤだけではなく中南米全体の文明に言えることだが) もはや、いつまでも大昔のオカルト的な知識に囚われている場合ではない。

まああんまり本が出てないこともあり、テレビ番組なんかだとNHKスペシャルですらいまだに「謎の文明」とか言っちゃってるとこもあり、日本での知名度はいまいち低いままなんだけど… 気が付いたら書き換わってるからねマヤ学の世界。日本の調査隊が発掘に行ってる遺跡もあるし。


少なくともこれだけは覚えておくといい、というのは以下の二点。



・マヤは一つの王国の名前ではない。

 都市ごとに個性が大きく、均一な文明ですらないので、"マヤ"は地域の名前でしかない。
 大小さまざまな都市国家の集合体で、一度も一つにまとまったことはないです。そして各都市ごとに勃興したり衰退したりをバラバラに繰り返していて、スペイン人が来るまでは文明全体で衰退したことはなく、かつて「謎の衰退」と言われていたのは、実際は幾つかの都市が衰退しただけでした。


・マヤ文明は滅びていない。

 ある日突然消え去ったなんてことはなく、現在も継承されています。
 さすがにマヤ文字は使われなくなったけど、マヤ文字で書かれてた言葉は今も使われてます。
 マヤ暦も一部の農村で現役です。



十年後、二十年後、細かい情報はどんどん書き変わっていくと思うけど、この二点はたぶん揺るがないと思う。
だから昔のままのマヤ観の人は、ここから書き換えスタート、かな。

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