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zoom RSS ピラミッド労働者の労働環境。現代社会の会社と比べて「良い」は間違ってるだろ。

<<   作成日時 : 2014/08/07 00:10   >>

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*最後に追記しますた。

ピラミッド労働者が、二日酔いや誕生日で休みをとっていた、という話は、テレビなどでよく流される話なので、知ってる人は多いと思う。最近、そこだけ切り取って、なぜか「現代の社畜よりマシ。」ということを言ってる意見をよく見かける。

ちょっとイラっとしたので、思ったことをいろいろ書いてみる。
まず前提が間違っている。

ピラミッド労働者は、元々休みないから。


もともと一週間が十日で、十日ごとに週の区切りはあるけど、今みたく「曜日」なんて概念ないから「日曜日は休みですねー」とか無いよ? ていうか日曜日すら発明されてない時代の話だし。エジプト神話の神様は世界を作ったあとデバックもせずに「よし」とか言って休んだどこかの神様とは違う。

古代エジプト人は葬儀が大事だったので、葬儀の日などは休みは取っただろう。お祭りの日も休めただろう。げただ、それ以外で定期的に休めた日があった証拠はない。

それを、たまに一日とった休みだけ切りとって「ちゃんと休みとれてるじゃーん、ずるーい」っていう意見はどうよ。



二日酔いの話は、現代のオフィスワークではなく工事現場を基準に考えるべきだ。危険も伴う重労働、二日酔いでフラフラの人に来られても困るんで、そりゃ休ませるだろうって話。つか、石運んでる最中にコケてバランス崩して周り巻き添えくったらめっちゃ危ないやん。

女性の場合だと、現場には飯炊き含め女性も多く働いてたようだけど、女性なら生理の日とか出産前後とか、出勤してもらっても困るんで休みになっていたはず。

ただし、休んだぶんのお給料はおそらく支払われていない。


一ヶ月に29日働いた人と28日働いた人の給料が同じではみんなサボろうとして非効率になってしまうのだから、休んだぶんの給料は差っ引かれていたと考えるほうが自然だ。

給与の支払い記録のパピルスには、一日にパンいくら〜とかビールいくら〜とか出てくる。そこから推測して、ピラミッド労働者の給料は、少なくとも単純労働の人たちは、日給だったと思われる。出勤簿が管理されていることからしても、出欠確認と日給の支払いが結びついていたと思う。

ちなみに現代のエジプトの発掘現場でも、その日の終わりに発掘にたずさわった現地の人たちが一列に並んで日給を順番に受け取る「儀式」が行われるという。まとめて支払うのはダメで、毎日この「儀式」を行わないと、現地人は熱心に仕事をしてくれないのだとか。

この伝統がピラミッド建設してた時代からのものという証拠はないが、イメージとしてはそれに近い形式で日給の受け渡しが行われていたのではないか。当然、休んだぶんのお給料の支払いはない。

例えとりづらいにせよ有給休暇のある現代の会社員は、ピラミッド労働者を羨んではならない。



そして最も言いたいこと、 ピラミッド作る労働はマジでしんどいぞ。暑いから。


今さら言うまでもなくエジプトは暑い。そしてピラミッド作ってる平地に日陰など無い。
古代には自販機も水道も無い。そんな中、炎天下で働く。

ピラミッド建築には、通年で参加した労働者と、農閑期だけ参加した労働者がいたとされる。では農閑期はいつなのか。ナイルの増水で畑が水に浸かるシーズンである。ナイルの増水は毎年、7月の半ばごろに始まる。…つまり、…わかるな。

 ジャストナウ(熱死必至)

このクソ暑い時期に一日お外で石切り出したり石運んだりしてたんだぞ彼らは、フルタイムで。そりゃたまには休むわ、ていうか休ませてやるだろフツー。 クーラー効いてるとこで働いてる社蓄様がなめんじゃねえ。 しかも眩しいんだエジプト。サングラスのなかった時代どうやって外出歩いてたんだっていうくらい目がやられる。歩いてるだけでコンタクトが砂でシカシカになってくる。古代に眼病が多かったのもそりゃそーだわっていうくらいに。

そして体壊しても、見舞いくらいはあったかもしれないが、その後の保障なんてあるわけない。


医療設備も確かにあった。が、それは怪我の多い危険な現場だったことの裏返しでもある。
先述したように休んだぶんのお給料は出ず、医療保険や生命保険などもない時代、一家の大黒柱が不幸にして事故に遭えば、一家が困窮することもありえる。

転職は不可。仕事も会社も選べない。親方日の丸ならぬファラオ様いったく、読み書きできなければキャリアアップの道はなく、学校に通えるのは裕福な一部の家庭の子供だけ。識字率は人口の1パーセントから数パーセントだったのではないかと言われる。

昇給なし。お祭りの時や祝儀でボーナスはあったかもしれないが、毎年出るものではない。
現代と比較するならば、バイト以下の労働条件である。



というか、そもそも古代世界の話を現代と比較するのが間違いなのだ。
古代エジプトのピラミッド建設者たちは、確かに労働者に一定の配慮をしていた。しかしそれらはすべて、作業を効率化するための方策の一つと見なすべきだ。

ピラミッドの建築には、膨大な労力が必要だった。最低でも常時1万人が関わっていたとされる。
古代世界では人口はそう簡単には増えない。現代のように、移民で労働力を補うとか、安い労働力を外注するとかいうことは出来ないから、使える人間がどんどん居なくなっていくような状況は避けたい。つまり、労働力を「殺さないような」管理をする必要がある。

メシを食わせ、休ませるというのは最低限の管理だろう。ピラミッド労働者は、決して現代の社会人にくらべて楽をしていたわけでも、自由を満喫していたわけでもない。我々以上に管理されていたし、生活を縛られていた。二日酔いで休んだとかいうエピソードは、彼らが"管理"されていた証拠であって、彼らが現代人より楽していた証拠などでは、決してない。





というわけで、言いたかったのは、自分のままならぬ身を都合よく古代人と比較して悲嘆するのはやめろ ってことだ。ありもしない幻想を過去に抱くのは、うんざりだ。


振り返るな、胸を張って前を見ろよ。

俺らは間違いなく、過去のいずれの時代よりも良い時代に生きているんだぞ。


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ここから追記分

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あとで確認したところ、そもそも話しの発端となった「二日酔いで休んだ」出勤簿は、第4王朝のピラミッド建設の時の出勤簿ではないらしい。新王国時代(その中でも第18〜ラメセス朝の後期あたり)に墓作り職人の町として作られたデイル・エル・メディーナ(Dair el-Medina)の町の出勤簿だったのを、テレビ番組でピラミッド時代のものっぽく流して、それいらい誤解されているようだ。

というわけで、こんど元ソース探しに行ってきます。

ちなみにクフ王時代のパピルス文書というのは実在します。
http://55096962.at.webry.info/201304/article_12.html

第5王朝時代の神殿の目録管理簿なんかも見つかってたり。
http://55096962.at.webry.info/201109/article_26.html

なので、ピラミッド労働者の出勤簿も当時はあったんだと思います。なに書いてたかはわかんないけど。


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→デイル・エル・メディーナ(Dair el-Medina)の町の出勤簿アッタヨー。
http://55096962.at.webry.info/201408/article_12.html

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