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zoom RSS 「文明」という言葉の定義をもうちょっと考えてみた。 

<<   作成日時 : 2014/08/23 00:10   >>

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前回の「文明の定義が分からない」からの続き。

発端→脳内レパートリーに新たにインダス文明をぶち込んだことにより、今までも「なんかしっくこないなぁ」と薄々感じながらも分かった気になって使っていた「文明」という言葉の概念が完全に文明崩壊。現在までに分かってきているインダス文明のありようは、「四大文明」とか言われながら、「王権の存在が希薄」「国家が形成されていない」「都市は定住の場ではなく市場的な位置づけ」「独自の文字らしきものは存在したが文章として使われた証拠がない」など、旧来言われていた「文明」の定義からは大きく外れているようだ。

※詳しくは以前のエントリを参照。

では、インダス文明は「文明」と呼ぶべきでは無いのか。あるいは、元々の「文明」の定義が間違えているのか。
私は後者なのだと思った。
というより、そもそも言葉の定義が曖昧なまま使い続けているうちに、現状に即さなくなってしまった言葉なのではないか。


もともと、「文明」という言葉は現実に即して生まれた言葉ではない。背景にあるのはローマ帝国である。ローマこそが「文明」であり、ローマが支配しなかった地域は「非文明」だったのである。(たぶん) ローマに近いものを文明と呼び、トップダウン的に使用範囲を広げた言葉だったからこそ、ローマ基準で、「都市を持つこと」とか「政治形態こそが文明である」とかいうのが現在の「文明」基準になっている。

もっと言うなら「ローマ帝国にどのくらい似ているか」が元々の「文明」の基準だったのだろう。

これは、ローマが吸収したギリシャ文明の母胎とも言える古代オリエント世界に形成された二つの文明圏、メソポタミアとエジプトに対してはよく適合した。古代オリエント世界の文明の最終形態がローマだと思えば、当然と言える。

しかし古代オリエント文明の子孫ではない、全く接点のない地域/時代の人間活動は、ローマとはかけ離れた形で高度な「文化」を築いてしまった。たとえば、「都市なき文明」「王権なき文明」「文字なき文明」「農耕なき文明」などである。

世界の姿が明らかになり、人間が高度な「文化」を築いてゆく過程が必ずしも一つではないことが分かってくると、「文明」の定義は揺らいでしまった。今までは「人間の文化活動は、高度化するとローマに近づく。」というのが前提で、どれだけローマに近いかで文明か文明でないかを分けていたのが、そう簡単にいかなくなってしまったのだ。さきのインダス文明のように、現在では、従来の定義からは外れているが「文明」と呼ぶに相応しい文化圏が幾つも判明している。


ちなみにインダス文明が「再発見」されたのは、わずか百年ほど前。
ヒッタイトという帝国の存在が「再発見」されたのも、密林に埋もれていたマチュピチュ遺跡が「再発見」されたのも、ここ百年ほどの話である。エジプトやメソポタミアが、失われることなく二千年前から観光地化されており、近代的な研究も早くから行われていたこととは雲泥の差である。忘れ去られていた文化が新たに俎上に上がるにつれ、旧来の「文明」という言葉は定義の変更を余儀なくされていったのだと思われる。



つまり、今知られている「文明」の定義は過去のもので、言葉の定義はこれから変わるべきだというのが、自分の結論となる。新たな情報を加えた上で、定義を揉むべきだろう。ていうか、それしないで人によって定義が違うまま使い続けるのは、よろしくないと思う。


文化の形が多種多様であることが分かっている今、もはや「文明」の基準となる唯一無二の条件を設定することは不可能だ。であれば、やはり、10コくらい「文明」の条件を設定して、「7つ以上当てはまる文化は文明と呼んでよし。」みたいな感じで設定するのが妥当じゃないのか。もしくは「文化の集合体は文明である」みたいな感じにしちゃうとか。

少なくとも、ゴードン・チャイルドの定義はもはや時代遅れの感が否めなく、廃止してもいいのではないかと思うのだが…。

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