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zoom RSS 宗教史を語るなら一読の価値あり「一神教の起源」

<<   作成日時 : 2014/07/08 00:10   >>

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文庫本だが、ずっしりサイズ。中身も濃くてちょっとびっくり。ああ、最近こういう密度の濃い本に当たってなかったなーとか思いつつ読んだ。



タイトルから推測されるとおり、メインは「ユダヤ教」「キリスト教」「イスラム教」共通の起源となるイスラエルの民の神、"ヤハウェ"に対する信仰の発生と発展なのだが、始まりはそこではない。まず「そもそも一神教ってなによ」という話から始まる。

世の中、一神教と多神教、と単純に二つに分けられがちだが、じつは一神教にもいろんなパターンがあるという。以下の5パターンだ。(5パターンめは哲学的概念なので厳密には一神教ではないと思うが)


(1)拝一神教


他の神の存在は認めつつ、「でもウチの神様はこれだから。」と選択して崇める一神教。
実は旧約聖書の中で大部分を占めるのはこのタイプの一神教。

(2)単一神教

他の神々は認めながら、場面ごとに一神のみを選択して崇める一神教。「交替神教」とも。
多神教の一形態と考えられることもある。

(3)包括一神教

他の神は唯一の神の一部と看做す一神教。エジプトのアテン信仰や一部のラー信仰はここに入ると思われる。

(4)排他的一神教

他の神の存在は認めず、世界には唯一の神しかいないとする狭義の意味での一神教。
現在一般的にイメージされる一神教はこれ。「申命記」以後に成立したとされる特異な信仰モデル。

(5)哲学的一神教

「イデア」を神と看做すとか、そういう系がここにはいる。


これらを厳密に見ていくと、(1)から(3)までは多神教の一形態と言うこともでき、狭義の意味では(4)のみが一神教になる。しかし、現在(4)であるところのキリスト教には周知のとおり三位一体や聖母崇拝という多神教的な要素が入り込んでおり、イスラム教にも聖人崇拝という同じく多神教的な現象が、禁止されているにも関わらず存在する。
また逆に、多神教の中にも一神教的な要素はある。

よって、この本では「一神教と多神教という概念は厳密に分けられるものではない、理念上にしか存在しない区別とも言える」という前提を持っている。これは実に深い。我々はごく自然に、「一神教はxxだ」みたいな語り方をするけど、厳密に見ていくと、そもそも多神教と一神教なんてそう単純に分けられる話でもないんだってこと。



そもそもイスラエルの民は、出エジプト後も長らく多神教の状態にあった。だからこそ旧約の中では黄金の子牛やバアルを崇拝しては禁じられるを繰り返しているのだし、実際に考古学的な調査では、かつてイスラエル人と呼ばれたであろう人々の暮らしていた地域から、バアルをはじめとする様々な神への信仰の痕跡が発見されている。

「ヤハウェは唯一の神である」という信仰が確立されたのはバビロン捕囚のさなかのことで、民族としてのアインデンティティを失いつつあった人々を元の信仰につなぎとめるための起死回生の概念だった。そして、バビロン捕囚が意外と早く終わったことがこの思想の成功と発展に繋がった。あと100年捕囚が続いていれば、厳密な意味での一神教は誕生してすぐに消滅していた可能性がある。

歴史ターニングポイント もしもバビロニアがあと100年存続したら
http://55096962.at.webry.info/201106/article_36.html

元は多数の神々とともにあり、その中の一者であり、民族の神にすぎなかった神が、どのようにして「世界の神」「唯一の神」へと変貌を遂げていったのか。この本はそのストーリーを順を追ってなぞる内容となっている。

主に文献資料からの推測だが、妙に宗教的な配慮をせずに書いてくれているので楽に読める。巻末を読むと、本のもとになった議論には聖書研究家だけでなく、イスラム学や哲学、日本の思想史の専門家なども参加していたようだから、多角的に巧くまとめられたのかなと思う。ていうか聖書メインの本で仏教との対比が出てくることはあまりないので(笑) 「浄土真宗もある意味一神教みたいなものだ」と言われて、あーあーなるほど阿弥陀仏だけだしなーあそこ、なんて妙に納得してみたりもした。


ちなみにこの本の説では、ヤハウェは、かつて「エル」(神)と呼ばれていたのではないかと推測している。エルとは単に神という意味であるとともに、最高神を指す言葉でもある。メソポタミアで「ディンギル」といえば、普遍的な「神」という単語とともに最高神のアンを指すのと同じようなニュアンスだ。

旧約聖書では、ヤハウェは何度も「出エジプトの神」と呼ばれる。
エジプトから脱出した実際の人数はそう多くなかったのだろうが、奇跡に準ずる出来事は確かにあり、そのとき彼らが信仰していた神がヤハウェであったことは、おそらく揺るがない。

その、ヤハウェを信仰する、エジプトから脱出してきた人々が、元からパレスティナ周辺に住んでいた「エル」を信仰する人々と合流するにあたり、ヤハウェとエルが同一視されるようになったのではないかという。

ちなみにエルはバアルの父とされる神話もあるのだが…。
バアルとは、のちに競合関係になってしまう。


このへんは、以前ネタにした以下のエントリで触れた番組と、内容がかぶっている。
番組自体は考古学資料からの見解だったが、文献研究家も同じ結論に達するなら、今のところの定説ということになるのだろうか。

エジプト・イスラエル考古学資料クロス「旧約聖書の世界」
http://55096962.at.webry.info/200905/article_4.html

イスラエルの民は何者か ―考古学資料が語る「新説」
http://55096962.at.webry.info/200905/article_5.html

しかしヤハウェが民族神として受け入れられる過程と、他の神を排除して一神教へと昇華される過程は別ものである。一神教へと転身した背景には、弱者が己を守るための苦肉の策という側面があった。バビロン捕囚の中、民族のアイデンティティを守るためには、強大な帝国の神々への誘惑排除しなくてはならなかったのだ。これを「思想の革命だ」と本の中では述べられている。

なお、この本は出エジプトから一神教の誕生までの内容になっているので、その前後は書かれていない。キリスト教が派生していく部分は描かれていない。そこから先を補完するなら、↓こっちかな。




こっちは、「エルサレム滅ぼされても、どうしてヤハウェが捨てられずに済んだのか」とか、思想革命と呼ばれるゆえん、信仰という発想の転換についてより具体的に書いてくれてるのでオススメ。



何冊か同系統の本をつなげて読まないと見えてこない部分もあるが、「どうしてこの時代、この場所で一神教が生まれたのか」「その神ってどこから来たのか」といった問いかけには、じゅうぶん答えられる一冊だったと思う。めんどくさい話はおいといて、純粋に面白かった。


余談だが、たとえ誕生の過程は「弱者が生き延びるため」だったとしても、のちにローマによって帝国内の思想統一の道具に使われた時には、既に強者の武器になっていたと私は思う。

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