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zoom RSS 意外とマイナー、インダス文明の最新研究 ー実は大河文明じゃなかったとか色々と

<<   作成日時 : 2014/07/23 00:10   >>

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職場のインド人が妙に日本に詳しくてCoCo壱のカレー大好きなのが悔しいので、俺もちょっとインド勉強してみることにしたわ! (そんな理由) 実はインダス文明はほぼ手付かずの領域で、むかし世界史の授業で習ったきりなんである。


自分が学生だった当時は、「四大文明」という概念がまだ生きていた。その枠組みの中で、大河のほとりに発生した四つの古代文明の一つ、という文脈で覚えさせられた。

だが今や、四大文明、という概念は、既に古くなって久しい。
様々なスタイルの古代文明が次々見つかる中、そもそも「文明」の定義をどうするのかとか、「大文明」と呼ぶ境界線は何処なのかとか論争があるが、せめて中南米は入れないと「○大文明」の意味を成さない。そして、研究が進むにつれ、かつて隆盛を誇った学説、「初期の文明は大河のほとりに発生した」とか、「高度な文明の発達には階級社会、余剰作物の生産が必要」といったものの根本が揺らぎはじめている。

エジプトとかメソポタミアあたりだと、それなりに研究が盛んで毎年本が出版されていたりするので、そのへん書いてあることが多いのだが、インダス文明は、研究されてるのかどうかも良く分からない。そもそもインダス文明の一般むけ書って、ほとんど見たことないんだよね…。


そこで図書館で検索してインダス文明で引っかかった本の中で、いちばん新しいのを読んでみることにした。
それがこちら。

インダス文明の謎: 古代文明神話を見直す (学術選書)
京都大学学術出版会
長田 俊樹

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学術選書シリーズの一冊。著者は考古学者ではないが、インドの大学を出てインドの発掘プロジェクトにも関わってきたという。自分の現場にかかりきりの考古学者とは違い、様々な現場を訪れていることから概要書向きの人なのだと思う。右も左も分からない自分にはちょうどいい。

この本は、まず「なんでインダス文明ってマイナーなの?」ということから始まる。
専門書だといきなり前段すっ飛ばして専門的な内容になっちゃうから、一般むけの視点から入ってもらえるのは在り難い(笑)

その理由は、ぶっちゃけると 発掘されてない からだという。
遺跡の発掘は、政治状況とも絡む。遺跡のある地域の治安が良くならないと調査も出来ない。

あと、あまりにもわからんことが多すぎてヤル気なくす研究者もいるとかいう、ミもフタもない話も書かれていた。いやー、暗中模索のジャンルって開拓しがいあって面白いと思うんだけどな。まあある程度知名度ある発掘支援も受けやすいし、評価されやすいってのがあるんだろうけど。それじゃつまらんよね。


あるいは発掘されたけど報告書が出ていないというパターンもある。ついでにインド国内の「インダス文明はヒンドゥーの神話の文脈上にある」と信じている派の圧力もあり、未解読のインダス文字はサンスクリットで解読できると豪語する人なんかもいるのだとか。イスラエルあたりの発掘と同じで、宗教からむと話がめんどくさくなるパターンか。

さらに、トルコさんとかと同じで、外国の発掘隊に権限くれない国というのがハードルになっている点も…。

ああ、そりゃマイナージャンルにもなるわな。と納得。
ちなみに隣のパキスタンでは外国隊が発掘するのが一般的なのだそうだ。


パキスタンといえば、実はハラッパー、モヘンジョダロといった有名遺跡があるところ。そう、インダス文明といえばこの二つの遺跡がメジャーなのに、遺跡は隣のパキスタンに所属するんだ。自分もインダス文明といえばインドだろ? と無条件に思い込んでいたので、あらためて地図を見て「あーあー、ほんとだパキスタンだ…」と納得。そして今、インドとパキスタンは仲がよろしくないのでお互いの学者さんの交流がない。発掘しにいくどころか、そもそもビザ降りなくて入国も難しいのだとか。

インダス文明の栄えてた頃には、そんなとこに国境なかったからね…。
たとえるなら奈良と京都の間が国境でぶった切られてるようなもので、そりゃ全体像もわからんわという感じ。


それから研究史の問題。インダス文明は現地民にもスッカリ忘れ去られていて、「再発見」されてから100年も経っていない。
第一報はジョン・マーシャルによる1924年の報という。前に、ヒッタイトの再発見がつい一世紀前だったという話を書いたのだが、インダス文明もかなり最近になって再認識されるようになった文明だったようだ。

なお、その100年でヒッタイト語は解読されたけど、インダス文字は解読されていない。というか糸口もつかめていないらしい。原因は長い文章が出てきていないこと、二ヶ国語以上で記載されたロゼッタ・ストーンのような鍵が見つかっていないこと。そしてやはり発掘がほとんどされていないのでサンプルが少ないということも挙げられよう。

そんな中で少しずつ分かってきていること、それが、この本に書かれている内容だ。
過去に自分が学校で習った説との大きな違いは、以下のようなもの。


●インダス文明の大都市は、今では五つとされている

自分は「ハラッパー」「モヘンジョ・ダロ」しか習っていないが、その後の発見により「ガンウェリワーラー」「ラーキガリー」「ドーラーヴィーラー」を加えた五大都市というのが基本になっているらしい。

場所はこんな感じ。矢印は、本の中で触れられている物流の流れ。
この本、全般的に地図や写真が見づらくて困る…。

画像


インド全体の図が載ってないので、この図だけ出されると「??」ってカンジだと思う。
インドの西側の国境付近の拡大図になっている。全体図はこんなかんじ。

画像


全体図から見ると、広い範囲に遺跡が点在しているのがわかると思う。


●インダス文明は大河の文明ではない

昔、学校で習ったものは、"四大文明はすべて大河のほとりに発展した"というものだった。
しかし中南米の文明は、大河を伴わない。また、文明が発展していない大河も存在する。(あるいは、まだ発見されていないか、アマゾン流域の文明のように"文明"の定義にあてはまるかどうかの議論となっている)

インダス文明もまた、最近の研究で大河とはひもづかない文明だということが分かってきているようだ。
遺跡が次々と発見され、その数が飛躍的に増大する中で、あきらかに川の水を利用していない都市が見つかっている。

また、インダス文明の発達した地域というのは広く、インダス川の水を利用した灌漑農業をやっていた都市もあれば、モンスーンの影響を受けて、大量に雨が降る夏だけに農耕をする都市もあったようだ。モンスーンの雨によって枯れ川が大河に変わるような地域では、丘の上に水避けの城砦らしきものを築いていたというのも面白い。

なお本の中で、むかしNHKで放送された「四大文明」という番組の中で「水の都市」として紹介されたドーラーヴィーラーの遺跡について、「あのCGみたいに水で溢れることはない、常に水不足だったはず」というツッコミも入れられている。また騙された? (´・ω・`) インド全然知らないからわっかんなかったよ…。

水不足ゆえに天水を最大限に利用しようとした都市、ってところは、マヤ文明のティカルとかに近いのかな。


●インダス文明に権力者はいない

強力な王は存在しなかった、というのが今の説のようだ。理由は大規模な墳墓や権力者の屋敷、城などが見つかっていないから。中心的な役割をもつ村長・町長クラスはいたのかもしれないが、それはメソポタミアやエジプトで想定される王とは違うはずだという。

大都市の人骨は出身地がバラバラであるケースも報告されていること、物流が広範囲に渡り都市同士が相互に繋がっていた形跡が見えていることなどからして、今知られている有名な大都市遺跡は、権力者の住まいや、メソポタミアでいう「都市国家」ではなく、人々の集まる「市場」とか、砂漠でいう「オアシス」、あるいは日本でいう「宿場町」みたいな役割を担っていたのではないかという推測も成り立つ。



いずれも仮説段階で、インダス文明のイメージすら固定されていないのが現状。ここ最近だけでもかなりのデータが書き換わっているようなので、新しい研究が発表されるごとに全貌が明らかになっていくのだと思う。

インダス文明を理解するには、既によく知られたメソポタミアやエジプトの文明モデルを借りてはいけない、という論には納得だ。地域ごとに異なる「都市」のあり方、「文明」の姿があってもいい。インダスはインダスの流れをゆく。



というわけで、ちょっと詳しくなったので、今度職場のインド人に「なー知ってる? インダス文明の時代からインド人ってカレー食ってたらしいぜww」ってちょっかい出してみたいと思います。れっつ異文化交流。

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