現在位置を確認します。

アクセスカウンタ

zoom RSS 【ミイラ画像】グリーン・フィールドパピルスの持ち主、ネシタネベトシェルウを探してみた。【あるよ】

<<   作成日時 : 2014/06/09 00:10   >>

トラックバック 0 / コメント 0

グリーンフィールド・パピルスは、去る2012年に行われた「大英博物館 古代エジプト展」で来日していた、「死者の書」の呪文を書いた世界最長のパピルス文書。持ち主は第21王朝の時代に生きた、ネシタネベトシェルウという女性。

パピルス自体は展示会で有名になったのだが、持ち主のネシタネベトシェルウについては誰もなんも説明していなかったので、なんだかなーと思ったのが発端。

グリーンフィールド・パピルスは大英博物館所蔵なので、てっきりミイラも大英にあるんだと思ったけど探しても見つからず方々探し回るはめに…。
結論、彼女は何故かカイロにいた。



★二次元のネシタネベトシェルウたそ

画像


★三次元のネシタネベトシェルウたそ

画像


やっぱり三次元はだm
目がこわいのは、象嵌ではめ込んであるからだね…。


人物Data

ネシタネベトシェルウは、アメン大司祭のピネジェム2世と妻のネシコンスの間にうまれた娘。

デイル・エル・バハリの家族墓で父のミイラの隣に埋葬されており、その際に棺、本人のミイラ、シャブティ像も発見されている。パピルス以外のものについてはカイロ考古学博物館所蔵となっていた。父ピネジェム2世は王位は継がなかったが王家の人。ちなみにネシタネベトシェルウには、分かっているだけで3人の兄弟がおり、娘は母と同じネシコンスという名前。
なおピネジェム2世の墓は、のちに王族のミイラを盗掘から隠すためのカシェ(隠し場所)としても転用されている。

パピルスのほうは、名前の由来になってるグリーンフィールドさんが元々の持ち主だが、大英の収蔵品データだと1910年取得となっている。いつなのか分からないけど、パピルスは1910年以前にグリーンフィールドさんが現地で買い付けてお土産にイギリスへ持って帰って、本人のミイラとパピルス以外のものは現地に残された、ということのようだ。

なんだかな、離れ離れ。
いつか本人とパピルスか一緒になれる日はくるのかしらん。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

【ミイラ画像】グリーン・フィールドパピルスの持ち主、ネシタネベトシェルウを探してみた。【あるよ】 現在位置を確認します。/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる