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zoom RSS 「円卓」を生み出したのはワースではない? 中世の騎馬試合の形式に「円卓」があった件

<<   作成日時 : 2014/05/22 00:00   >>

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楽しいオスプレイの先史シリーズ、どこ探しても見つからなかったのがネット通販でまた手に入るようになってたーよ! やったね。

馬上槍試合の騎士―トーナメントの変遷 (オスプレイ戦史シリーズ)
新紀元社
クリストファー グラヴェット

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この本は、12世紀以降、騎士というものが肩書きでしかなくなる16世紀半ばまでの騎士どうしの「試合」について体系化して説明してくれているる本。中世の騎士文学(いわゆる"騎士道本")によく出てくる一騎打ちや集団試合各種の開催ルールや違い、またその変遷など。騎士というものの歴史についても詳しく書かれている。カラー挿絵も多いので楽しい本です。値段に対する中身は濃いのでコスパは良いかと。


さてこの本をまったり読んでいたら、騎士の集団戦の方式の中に「円卓」というものがあった。
円卓といえばアーサー王伝説のアレなのだが、試合形式でもあり、「円卓を開く」といえば試合のために騎士を参集させることだったというのだ。

というわけで、「円卓」がアーサー王伝説に取り入れられたのは、取り入れられた時代に既に「円卓」というものがあったからだという可能性が出てきた。
ちなみに「円卓」の詳しいルールは不明だが、おそらく模擬刀などを使って行われ、物語の中でアーサー王の宮廷の宴会が開かれるお約束の日となっている聖霊降臨祭に開催されたのではないかとのこと。

ただしこれは逆の可能性もある。


前にアーサー王伝説に取り入れられた各要素の初出時代とかリスト化してみたことがあるのだが、「円卓」初出はワースの「ブリュ物語」だ。この時点でアーサー王伝説の中に円卓が組み込まれ、以後定番となっていく。

ワースが「円卓」をブリュ物語に取り込んだのは、ちょうど12ばくらい。
イギリスで騎士の模擬試合が行われはじめるのが12世紀初頭で、最初に文字記録として「円卓」が登場するのが13世紀初頭なので、人気のアーサー王物語に「円卓」が登場するようになったことで騎士の模擬試合もも「円卓」と呼ばれるようなったというパターンも考えられそうだ。


ワースが物語を作った時点で、すでに「円卓」が何らかの形で存在した可能性は、どのくらいあるのだろうか。

「円卓」という概念が無いところに急にそんなものを登場させると読者が混乱しそうだから、既にある程度なじみがあったと考えることは出来る。それがアーサー王の物語に取り込まれたことで、逆に物語を真似て元からあった「円卓」が物語に近づくよう変化していったのかもしれない。13世紀の「円卓」では、参加者がアーサー王物語の登場人物に扮することもあったという。

まあなんていうか、セレブはお金と時間が余っていてよろしいことですね、というか…
銃が出回るまではある意味平和な時代だったんだなーと思う。


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