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zoom RSS 南米考古学での累積層・住居跡が積み重なってるところはあるのか

<<   作成日時 : 2014/04/13 00:10   >>

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中南米、と一括りにするのも乱暴だが、マヤとかインカとかの遺跡で、「層」に言及されることってほとんど無いなーと思っていた。

人が長く同じ場所に住み続ければ、居住の跡は累積した層になる。
メソポタミアやエジプトの遺跡、ギリシャやローマもそうだけど…、考古学的な遺跡って、だいたい累積層が形成されてて、一つの遺跡を掘っていくと下により古い時代の町が埋もれてるもんだよね。それが中南米の遺跡だとあまり聞かないような気がしていて、無いのか? と思っていたら、やっぱりあった。

当初計画になかった調査が大きな成果を上げた例としては、現在のバタン・グランデ中央広場の隅に位置するワカ・デル・プエブロ・バタン・グランデ(HPBG)と呼ばれる小さな円形の塚(直径50m、高さ5m)の発掘があげられる(1979,1982,1983)。当時ブリューニング考古学博物館(ランバイェケ市)の館長であった考古学者のワルテル・アルバが、この塚は考古学遺跡かどうかを確認してほしいと以来してきたのだ。当時、町の人々は塚の上に教会を建てようと計画しており、そのためのお墨付きをアルバに求めたのだった。われわれが発掘したところ、厚さ5mの中に32層の住居の床が重なった、およそ1500年間(西暦500年から現在まで)ほぼ途切れなく人間が居住した跡を示す「教科書そのもののような」層序が現れた。


2009年に東京の国立博物館でやった「黄金の都 シカン」展で買ってきた図録の解説にあった、島田教授の「シカン発掘の30年」より。ああ、やっぱ人が住み続けてて累積層になってるとこはあるんだなあ…と思うと同時に、人の住んだ期間が比較的短いのに気がついた。

いや、オリエント基準なんですけどね…。
カイロ近辺は分かってるだけで5000年くらい人住みっぱなしですし…。

そこに最初の文明が築かれてから現在まで住み続けて1500年なのかー、というカンジ。累積層も5mなら、メソポタミアの「洪水の跡だけで7mありますけど!」なんてのよりは地表に近いんだなと。

そもそも人類が南米大陸に進出したのが最大限に遡っても1万6000年とか、5000年とか前なわけで、そこから文明築いて定住地を定めたのは、旧大陸より遅かったのも仕方が無い。そして、何となく思ったのは、今までの中南米の考古学というのが、かつてのエジプト同様に、「派手で豪華な遺物の出てくる墓や神殿に特化されすぎていた」ということもありそうだ。

まあ、平民の住んでる町の遺跡なんて地味なもんだし、黄金の副葬品も出てこないのに掘る人も少ない、という事情もあるのかもしりない。

今まで多く流されていた情報といえば、神殿が上へ上へ建て増しされていた、というような、神殿単体の累積層の話ばかりだった気がする。でもおそらく、神殿以外の町の部分でも、町のレイアウトが時代ごとに変わったというような累積層はあるのだと思う。情報として表に流されてないだけで。

あと、遺跡の上に今も人が住み続けてて「掘れない」から層としてのの確認が出来ない、というのも、ありそうだ。(それはどこの文明でも同じことなのだが。)

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遺構が丘状になっている場所のことを、アラビア語(エジプトの発掘サイトとか)では「テル」、トルコ語(トルコ〜イランあたり)では「ホユック」というが、南米だと何になるのかと考えてみた。一番当てはまりそうなのは「ワカ」になるのかな…。でも「ワカ」は遺跡全体というより神殿の部分の盛り上げだけのような気も。

で、「ワカ」でいいとして、同じ意味の単語がアステカやマヤの遺跡には無いような気がする。
「マウンド」か「ピラミッド」になるんだろうか…。

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