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zoom RSS ビザンツ帝国の千年 帝国を存続させた要素とは

<<   作成日時 : 2014/01/20 00:10   >>

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ティラン・ロ・ブランを読んだついでに、ビザンツ本に流れてみた。ティランはビザンツ皇帝に仕えて、コンスタンチノープル周辺や北アフリカでも戦ってるけど、実際ビザンツvsイスラム勢の戦いって地中海の広範囲で発生してたんだよね。

ビザンツ 交流と共生の千年帝国
昭和堂

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この本の主題は、タイトルにもある「交流と共生」。
ローマから分裂した東ローマ=ビザンツ帝国の領域は、東は黒海の対岸(クリミア半島など)、西はアフリカ北部(今のチュニスあたり)まで広大な範囲に及ぶ。その帝国領を維持するためには苦心しており、各国境線は常に他国、多民族に脅かされ続けていた。最終的に手が回らなくなって次々放棄されていくことになるのだが、そこに至るまで広大な帝国領を持ちこたえさせた要素が何だったのか。

この本では、それは、”境界域”という、帝国に属していながら周辺との繋がりも強く持っていたモラトリアムな地域の存在ではないかと仮定している。

周辺部に境界域―交流と共生の空間―をもったことが、帝国の存続要件だったのではないか、これが本書のさしあたっての結論である。


たとえば、黒海に面したクリミア半島のセヴァストポリ付近の都市では、ビザンツの任命した都市の責任者と同時に、東から勢力を拡大していたハザール人のハンが送り込んだ有力者もいたらしい。町としてはどっちつかずの中立的な態度をとりつづけた。クリミア付近はビザンツの勢力圏にありつつも、完全な帝国領にはならず「境界域」で在った。いわば中立地帯だ。今のヨーロッパでいうとスイス。

ある町が完全にビザンツ側についてしまうと、その町を他の勢力が取りに来たときに戦争が発生する。
しかし、どっちつかずの中立地帯である限り、そこが戦場になるには、その町が敵側に完全に寝返ってしまうか、まず敵側がその町を制圧しに来る必要がある。が、町としても自分のとこが戦いに巻き込まれたくはないので、両方にいい顔をしてとりなし、町では双方の勢力が共生することになる。ここがポイント。
どっちつかずな領域が存在することによって回避された戦争があるんじゃないの? というのが、「境界域―交流と共生の空間―」の中身だ。



ビザンツははっきりとした国境を持たなかった帝国だという。

完全に支配するリソースがないので監視役を送り込みつつ現地の権力者の統治にまかせていたわけで、政策としてはヴェネツィアあたりの都市国家と同じなのかと思う。アフリカ付近の帰属が曖昧だったのは知っていたが、帝国を取り囲む全ての国境線が同じようにアバウトだったという話を読むと、帝国の定義ってなんだっけという不思議な気持ちにもなる。ビザンツの本体は何につけてもコンスタンチノープルであり、その周辺は、バルカン半島ですら帝国の周辺=境界域だった、ということか。


ビザンツは、広大な帝国領を有するからといって、軍隊が最強である必要はなかった。その点が元々のローマとは異なっている。境界域で発生した戦闘の大半は、政治で回避(貢物をするとか、別勢力をそそのかして戦わせるとか)している。綱渡り的な印象も受けるが、ある意味、うまいこと少ないリソースで帝国領を保持し続けることには成功した。
逆に、ビザンツ軍って弱かったんだな…というのもシミジミ思った。
あんまり戦争に勝ててない。明らかに軍事力に対して国土が広すぎて、戦って守るより金の力にモノ言わせて領地を守ってる。ヴェネツィアやジェノヴァの海軍の力を借りる流れにつながっていくのは、敵対するトルコ勢が強力になってきたからだけではなく、もともと、自分が戦わんでもいいんなら他国に戦ってもらっちゃおう! という国策を撮り続けていたからなのだと納得。

ここまでの仮説が正しければ、ビザンツが滅びたのは、帝国存続の要件であった周辺の敵対勢力との緩衝地帯である境界域を喪失していったことにある。
戦争に負けたから国土が少なくなったのではない。ビザンツ自体の権威が落ち、ビザンツ支配を受け入れるメリットがないと感じた境界域が独立していったか、ビザンツについても守ってくれないと感じて他の勢力に恭順してしまったりしたせいなのだ。


なかなか綺麗にまとまってる説だなーとは思ったものの、内部にあったはずのクレタが裏切ってヴェネツィアについたのだけは上手いこと説明するのが難しかったんだな―、ビザンツ学者も納得いかなかったんろーなー、というのは、薄っすら感じました(笑) しばらく放置プレイで寂しかったところにヴェネツィアさんの猛烈アタックを受けてあっさり陥落するクレタ島まじチョロイン。おかしいのは私の脳内だ。すいませんクレタワインください。

あと、またイスタンブール遊びに行きたいです。


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