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zoom RSS 人類の旅路ー 海洋民族は南米へ渡ったか

<<   作成日時 : 2014/01/09 00:10   >>

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前にイースター島に行った時から、ずっと気になっていたことがある。

イースター島まで辿りついた人たちは、その先の南米まで行かなかったの? という話。

今のところの定説では、イースター島で打ち止め、その先には行ってない(行ったかもしれないけど証拠不十分)ということになっているのだが、近年少しずつ、実は南米まで行ってたんちゃうんかなー という話が出てき始めている。

【現在の定説としての人類拡散図】

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イースター島でいったん止まってます。
(イースター島への移住は、500年位前って説もあります。この図にある1500年は、たぶん古いほうかと)


しかし、最近の研究で、遺伝子の拡散状況を見ると…
白い「ハプログループB」ってのが、明らかに南米の一部だけ比率が高いんですよね。

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ポリネシアのハプログループB 100%なところとか、最初に移住した人の人数が少なくて、その後ほとんど外部からの追加移住がなかったことを意味しています。地図を見ると納得の島の狭さ。ちっこい島が沢山ある地域なんで…。

イースター島にほかのハプログループが混じっているのは、チリからの居住者が若干名いるからだと思われます。むしろハワイのハプログループがいまだに大半Bなのが不思議。近代になってからの大量移民を考えると、もっと混血しててもいいような気はする。

ラインで見ると、アジアからポリネシアを経てイースター島に至る海の路を辿った人々が「ハプログループB」、海洋民族の血を受け継ぐ人々だったことは明らか。そのBのグループがペルーを中心とした中南米の一角で如実に割合が高いっていうのは、やっぱりこれ、イースター島と南米の間で人の行き来あったんじゃないの? って思うんですよね。

イースター島で一箇所だけ、アフ・ピナブという空港近くのアフだけは、インカ風の石積みがあるんですわ。
コンティキ号で有名になったトール・ヘイエルダールは、その石積みを見て「イースター島の文化は南米から移住した人が作った」という自説の証拠にしたわけですが、逆にイースター島の人が南米に出かけていって、帰島してから石積みを真似てみたんじゃないかというのが私の思うところ。



ただ、ここで問題になるのが、海の路が南米に繋がっていたとして「最初の人たちの南米到達はイースター島移住よりも前でなければいけない」という時間的な制約が出てきます。

なんでかっちゅーとイースター島への移住はどんなに遡っても二千年も昔ではないから。
イースター島を海の路=太平洋を横断する船での移住は、一度に大量の人間を運べないため、南米まで行けても少人数。ここ数千年の間で、ちょろちょろ何十人か移住しただけだと、遺伝子的に多数派にはならない。もっとずっとむかし、ベーリング海峡を渡った人々が南米まで到達するのと同時期くらいに南米に到達してある程度の人数まで増えていないと、こういう遺伝子分布にはならないように思う。

でもって、海の路を行った人たちがいたとしたら、イースター島は経由しなかったんだと思う。
途中で島みつけてたら、まずそこ食い尽くしてから南米行くだろうからね。イースター島に移住した人々が島を食い尽くしてハゲにしてしまったのは、皆様ご承知の通りで…。タヒチかハワイあたりからチョクで南米まで行ったとしたら、えらい長距離航海になる。可能なのかどうか。さすがにそこは疑問が残る。


でも、もし海の路が南米まで繋がっていて、太平洋を越えて移住した人たちがいたんだとしたら、すごいロマンただと思うんですよね。その人たちの子孫が、パタゴニアに住む航海術に優れたカワスカル族あたりだったらーとか、夢が広がりまくりんぐ。

アメリカ大陸への人類の移住経路は今も次々書き換わっているので、このへんは十年後くらいに要チェキですねー。わくてかわくてか。

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