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zoom RSS ワタリガラスの神話と語り継いできた人々について

<<   作成日時 : 2013/11/18 00:10   >>

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前のエントリで、「エスキモーと、その隣人であるインディオに共通する神話がある」と書いたのは、他でもない、昔、一時期自分がハマっていたこともあるワタリガラスによる創世神話だ。

アメリカの西岸側に住むクリンギット・インディアンには、世界はワタリガラスが作ったという神話があるという。人間に火や食べ物を与えた。あらゆる生命に名前を与えた。などバリエーションは様々にあるが、一貫しているのは「ワタリガラスが世界を作った」という大雑把な枠組み。ワタリガラスの神話は、近隣のハイダ・インディアンなどにも共通して語り継がれているということだった。

けれど、それは実はインディオ特有の神話ではなかったことを知った。
エスキモーたちも同じワタリガラスの神話を語り継いでいたのだ。しかも内容はほとんど一緒。クリンギットの神話では、人間は最初にハマグリから出てきたことになっているけれど、ユッピック・エスキモーの話ではハマエンドウの鞘になっている、そのくらいのレベルの差異でしかない。


ただし、すべてのエスキモーがワタリガラスの創世神話を知っているわけではないという。
前のエントリで紹介した「エスキモー 極北の文化誌」によると、ワタリガラスの神話を語り継いでいるエスキモーは、アジア側の一部のエスキモーだけのようだ。

ワタリガラスは、エスキモーが分布領域を分断する、このチェクチやコリヤーク(とくに後者)と北アメリカの「北西海岸インディアン」の神話ではるかに重要な位置をしめ、しかも両者に類似した話の割合がきわめてたかい。この点から、両者間には、エスキモーとの接触よりふるい、なんらかの歴史的類縁性があるという推論がなされている。


ここに出ている「チュクチ」や「コリヤーク」は、前回のエントリにも貼った地図で見ると位置がわかる。
ベーリング海峡を挟んだロシア側、海にむかって出っ張っている辺りで、「アジア・エスキモー」との記載がある。

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ワタリガラスの神話を読みなおしてみようと思って、星野道夫の「森と氷河と鯨」という本を本棚から引っ張りだしてきてめくってみたのだが、よくよく読んでみたら、星野道夫もエスキモーのもとへワタリガラスの神話を収集に行っていた。つまり彼も、自らが追い求める神話がインディオだけのものではないことを知っていたことになる。(かつてその本を読んだ時、私はインディオとエスキモーの区別がついていなかった…。)

星野氏の行き先はポイント・ホープ。これも地図を探すとすぐに見つかった。
ただし、星野氏が訪れたときには、すでに古い神話を知る古老は村には残っていなかった、という。

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さて、ではなぜ、インディオとエスキモーの間によく似た神話が残されているのか。
「なんらかの歴史的類縁性」とはずいぶん漠然とした言い方だが、たとえばの話、大昔、ベーリング海峡がまだ氷の橋で繋がっていた時分、アジア・エスキモーの一部がアメリカに渡ってクリンギット・インディアンの祖先となったという可能性はどうだろう。両者が同じ民族かどうかは、遺伝子調査をすれば分かるだろうから、これはあくまでもわかりやすい例としての「たとえば」の話。

インディオとエスキモーの関係は、友好的なものではなく、生活スタイルや言語も異なっていたが、隣人ではあり続けた。はるか昔の、お互いも忘れてしまったほど昔のどこかに、両者の神話に共通する、大元の神話が誕生して、双方に伝えられた時があったはずなのだ。たぶん。


それに、神話だけではない。
二冊の本を読み比べていたら、もう一つ、興味深い共通する風習を見つけた。「死者の名前を新生児につける」という風習だ。

以下は、ユッピック・エスキモーのウルゲック(記念祭)という伝統の祭りに関する記述。

エスキモーの世界では亡くなった人の名前は、口にするのがタブーとされることがおおい。タブーはその名前があたらしく生まれた子供につけられるまで続く。その名前をつけられた子供は、死者の同名者として、以後ずっと直接的なつながりをもつことになる。

「エスキモー 極北の文化誌」



こちらはクリンギット・インディアンのポトラッチという伝統の祭りに関する記述。

そしてポトラッチで大切なのは子供の存在である。霊魂再来を信じるクリンギット族の社会では、この時期に生まれた近親の赤ん坊に死者の名前を与えるのだ。つまり、"こんにちは、おばあちゃん"と生まれ変わった赤ん坊にささやくのである。

「森と氷河と鯨」



死者の名前を新生児に与えるということ、名を与えられた子供が死者への哀悼と復活の祭りで重要視されること、名を与えられる子供は必ずしも一人とは限らないこと、死者の生まれ変わりとみなされること… これはほぼ同じ祭りと言っても差し支えなさそうだ。

隣合わせに暮らす2つの民族に共通する神話と伝承の世界。そこにはどんな意味が隠されているのか。興味は尽きない。

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