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zoom RSS アッティラ王と戦神の剣 情報まとめ

<<   作成日時 : 2013/11/14 00:10   >>

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とりあえずなんかまとめておく。

●アッティラの剣 あらまし

5世紀頃、ヨーロッパを席巻し、民族大移動の渦を引き起こした「神の鞭」ことフン族の王アッティラさんにまつわる伝説の一つにある、「神の剣を手に入れた」というエピソード。ただしフン族の宗教については詳細が知られておらず、というよりフン族自体の出生や系統もいまだ不明なため、「戦の神」の名前をはじめとする信仰の詳細については何もわからない。
また、文字を持っていた痕跡がなく、現存する
記録はすべて外部者による。

●フン族についての補足

東西ローマの記録に登場する「フン族」は、その時点ですでに、多数の同盟部族を含む混血の集団になっていた。そのため、もともとのフン族がどのような出自だったかは明らかではなく、漠然と「アジア系の可能性が高い」「匈奴の影響を受けているように見受けられる」としか言えない。

またアッティラというカリスマの死後、フン帝国が崩壊して一族がバラバラになってしまったため、余計にその実態が掴めなくなってしまった。


●伝説の出処

主な伝説の出処はプリスクスとヨルダネス。

ヨルダネス 「断片」 八

→アッティラが勢力拡大を軍神アレスの剣の再発見によるものとしていること、その剣は一頭の牛によって発見されたものであることが書かれている

ヨルダネス「ゴート史」 三五・一八三

→"軍神マルスの剣"発見にまつわるエピソード。雌牛が草を食んでいる最中に剣を踏みつけ、足を怪我したことによって剣が発見された。剣を献上されたアッティラは、戦を支配する力を得たと考えた、と書かれている


●類似する信仰・伝承

ヘロドトスによる紀元前5世紀のスキタイ人の信仰の描写
「薪の上に剣をつきたて、そこに戦争捕虜たちの血を散らしていた」

アンミアヌス・マルケリヌスによる4世紀のアラン人の信仰の記録。
「むき身の剣を大地につきたて、戦の神の象徴として崇めていた」

匈奴の信仰の中にも剣にまつわるものがあるという。

ここから推測されることは、もともとのフン族の出身地と考えられる中央アジアの草原地帯には戦神の象徴としての剣に対する信仰が広く存在していて、フン族もそれを引き継いでいたという可能性。


** ここからが推測 **

アッティラが王だった当時の同盟者たち(アラン人、ゴート人、ゲピード族etc,)は、ともに聖なる剣に対する信仰を持つ部族だったのではないだろうか。アッティラが「戦神の剣を得た」=神の加護を得た と喧伝するには、その情報を受け取る側が「戦神の剣」に何らかの価値を持っていなければ始まらないように思う。

アッティラは同盟者たちをまとめあげるために、自らに神威を着せられる小道具を用意したのではないだろうか。
(あるいはアッティラを乗せるために、小道具とシチュエーションを用意した賢しい家臣がいたのでは…)

いずれにせよ、アッティラの死後、大帝国があっという間に瓦解していったのは、多数の部族によって作られた同盟関係がアッティラのカリスマ性に寄るところが大きかったことを意味していると思う。

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