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zoom RSS 「母」なる神は恐ろしい ― ママンが強い神話の裏を深読みしてみた

<<   作成日時 : 2013/10/03 00:10   >>

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私は比較神話というジャンルがあんまり好きではない。

近隣の神話ならそりゃ似ているところはあるだろうし、物語というものは伝言ゲームのように広がっていくものだから、特徴的なモチーフを辿ることはできるかもしれない。しかし何が「原型」か、どこが「発祥」かを突き止めるのは、不可能だ。物語は人間の歴史とともに絶えず変化していく。物語が口伝ではなく文字で保存されるようになった現代ですらそうだ。
なので、時代も場所も、表現言語体系も大きく異る神話を比較して、似ているの似ていないの、あーだこーだ論じることには常に不毛さを感じてしまう。

論じて意味があると思うのは、より根本的な「大枠」、たとえば世界の始まりがだいたい常に「大地」と「天空」のペアから始まるとか、子供を生み出す必要性から大地と天空はたいてい男女のペアであるとか、そういう部分だ。


というわけで大枠の話。

とある神話本を読んでいたら、世の中に存在する各種神話の母なる女神たちには、現実の母の属性が繁栄されているが、それは大別して「良き母」と「悪い母」に大別される、というようなことが書いてあった。

良き母とは、子供を慈しみ、守り育てる母親のこと。
現在でも多くの文化圏で望まれる理想的な母親像だ。

悪い母とは、子供の邪魔をしたり、殺してしまったりする母親のこと。
自分の子供を殺す母親は過去にも現在にも存在するが、当然これは悪い母とみなされる。
ただし、これも母親の本能というか一面なのであって、命を奪うまではいかなくても、成長した子供が自分に逆らい、望まないことをするのを力づくで引きとめようとする「子離れできない」母親というのがいる。これも、子供の可能性や将来を「殺す」、悪い母親の属性と言える。

悪い母は、お伽話では魔女や妖怪の姿で出てくることが多い。よき母としての女神や妖精とは別のもの、という扱いだ。しかし神話的にいえば、良き母と悪い母は表裏一体の存在で、本来なら対として存在すべきものらしい。

たとえばインド神話ではシヴァ神の妻パールバティーの裏の姿が、ドゥルガーやカーリーといった凶悪で恐ろしい女神になっている。ケルト神話では、すべての女神たちは大地の太母ダヌの化身とも考えられ、戦の神モリガンなどが恐ろしい女神の役を担っていると言えるかもしれない。日本神話ならイザナミの神が、生きている間は良き母、死して黄泉の国に下ってからは恐ろしい悪い母の役割を持つ。エジプト神話なら、ハトホルに対するセクメト女神が悪い母の役割だろう。

明確に対になっているわけではなくても、思いつく限り、だいたいの神話は、死をもたらす「悪い母」の存在がある。ただ面白いのは、悪い母が「女神」として、つまり神として存在するか、単に悪鬼や魔女のような神ではない存在に貶められているかの差があること。

たとえばギリシャ神話のヘラは怖い母親、でもあるけれど、最終的にはゼウスの言いなりだし、夫の浮気を止めることは出来ない。夫を本気で恐怖させ、逃げ出すまでにしてしまうイザナミの恐ろしさと比べると威力が足りない。恐ろしい母としてメデイアという存在もあるけれど、メデイアは神ではない。

北欧神話なんかだと、死をもたらすほど恐ろしい母神はいなくて、わずかに、死者を統べる女神フレイヤがいるくらい。

これは何を意味するのかなあ、とちょっと考えてみた。
なんか、その神話の語られていた時代の世の中で、女権がどれだけ強かったかに比例する気がするんだよな。ギリシャも北欧のゲルマン社会も、女性が社会のトップに立つことはありえず、女性は男性の従属品扱い。息子が生まれたら、その息子に仕えることになっている。これじゃ怖い母神は生まれてこない。

つまり「悪い母」としての女神が強ければ強いほど、その社会では女性が「強くて怖かった」、「母親優位の文化だった」と、言えるのではないだろうかーとかなんとか…

一日に千人縊り殺す宣言をするイザナミや、人類滅ぼしちゃおうとしたセクメトや、本気になったらダンナも踏んづけちゃいますよなカーリーを生んだ当時のそれぞれの社会というのは、それだけ母権が強かったんじゃないのかなあ。



ま、そういう神話では、そのぶん「良き母」もパワフルなんですけどね。

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