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zoom RSS 未開の地、その場所に住み込む。「ニューギニア高地人」

<<   作成日時 : 2013/10/24 00:10   >>

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こないだ紹介した、「カナダ・エスキモー」という本の続編。エスキモーたちの暮らしに密着した後は、南へ飛んでニューギニア島の高地地帯の"未開人"たちの村に住み込んだという。なんともすごい話だ。
シリーズものなので、二冊セットで読んだほうがいいと思える内容だった。

ちなみに、著者は学者さんでも探検家でもない。職業は朝日新聞の新聞記者で、このルポは新聞にも載ったという。…この頃の朝日新聞は、頑張って読む価値のあるものを載せていたんだな、なんて皮肉っぽい見方をしてしまうのだが、今の時代ではおそらく不可能だと思えるくらい気合の入った内容になっている。

ニューギニア高地人 (朝日文庫)
朝日新聞社出版局
本多 勝一

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※本は何種類か出版されているようで、自分が手に入れたのはこれではなかった。講談社文庫の昭和46年版の「カナダ・エスキモー」とセットのやつ。


この本はまず「ニューギニア高地人は人食い人種ではない。」から始まる。
ニューギニアに住んでいるのは、我々と同じ人間なのだ、と何度も繰り返される。

ルポが新聞に掲載された当時は、ニューギニア=人食い人種、というイメージが強かったのだろうか。クロンボ、とか人食い人種、とかいう言葉自体、私の世代からすると「古いなー」という感覚。言葉自体は知ってるけど、えっジャングルの中に人食いがいるとか昔の話でしょ? 石ノ森章太郎のマンガとかに出てくる感じのやつでしょ? っていう感覚。

もちろんニューギニアの高地に住んでいるのは人食い人種ではなく、人を喰ったことがあるかどうかも微妙な人々だ。だからこそ著者たちは村に住みこんで、ケガもせず食われもせずに戻ってこられたわけだが。


ニューギニア島は、第二次世界大戦で日本が進駐したもんの、まもなく状況が劣勢になって敗戦を重ねた土地でもある。実際、日本兵がニューギニアの現地民との間で小競り合いになり、命を落としたこともあったようだ。またニューギニアの海沿い(低地)には首狩りの習慣を持つ民族がいて、奇襲を受けて殺された日本兵が首をとられることもあったという。

そのあたりの事情は、以前記事にしたナショジオの番組(こちらはボルネオ島だが)を参照。

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第二次世界大戦、ボルネオ島で日本兵の首が狩られていた件
http://55096962.at.webry.info/201008/article_7.html
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というわけで、この本が最初に出された頃は、ニューギニアで苦労した苦い思い出とともに、悪い感情を持つ人が世の中に多かったのではないかなと推測する。漠然と良くないものと思い込んでいる島へ出向いていき、その実態を身をもって探ってくる。これはたいへん勇気がいる。それをやってのけた著者はすごい人だと思う。

本の中に出てくる白黒の写真の、ニューギニア高地に住む幾つかの部族の人々の笑顔は、どれもいい笑顔で胸が暖かくなる。彼らはよく部族間で戦争をするという。しかしお互いを殺し尽くすことはしない。なにしろ武器がアシの弓矢。儀式的な戦争をして、勝ったら女やブタをいただく。というか、そもそもの戦争の原因が、だいたい女かブタで、土地の支配権などではないという。

なんとなく、ジャングルの中に点々と都市を築き、ときどき近隣の都市と戦争をしていたマヤ文明を思い起こさせる話だ。


シリーズ前段となる「カナダ・エスキモー」が狩猟民族の話で、いまひとつ入り込みづらかった(新鮮な驚きしかなかった)のに対し、農耕民族である「ニューギニア高地人」のほうが入り込みやすかったのは、やはり私も農耕民族の一部だからなのだろうか。アザラシを撃ち殺して解体して、生暖かい腸をその場で生のまま食う、なんてのは理解が出来ないしやってみる気も起きないが、畑でとってきたイモを庭に掘った穴の中で蒸し焼きにして食うのは良く分かる。自分も山の中で暮らすことになったらそうすると思う。

だが面白いことに、食生活でいうと、前者のほうが「健康的」で、後者は「無理」なのだとか。

カナダ・エスキモーとの生活で二ヶ月近く生肉ばかり食っていたときは特に体に変調はなかった、という著者。しかしイモばかり食っているニューギニア高地の生活は、わずか4日目にして腹がおかしくなったという。生肉のほうが栄養豊富で消化もよい、イモばかりの暮らしは、たとえ腹を壊さなくても栄養が偏ってしまう。なるほどと思った。

ニューギニア高地では、ブタを飼ってはいるものの滅多に食わないし、弓矢は持っているのに狩りをあまりしないからタンパク質が足りない。主食のイモを除けば、サトウキビやハクサイなどの野菜、イチゴなどの野草。たまに小鳥やカエルを取って食べるくらい。それで生肉ばかり食っている極寒のエスキモーより栄養事情が悪く、成人はみな腹がぽっこり出ているというのだ。いつだったか、考古学者の先生が「人類はなんで狩猟民族のままでなかったのか、わからない。農耕なんか手間がかかるばっかりで栄養的にはさしてよくない」と言っていたのは、そういう意味もあったのか。

砂糖や塩など、近代的な調味料に関する味覚の差なども面白かった。
著者たちの住み込んだ村で大人気だったのは、米とコンビーフだという。

米とコンビーフ。

米…。

 やっぱイモよりコメなのか。


や、前にも書いた気がするけど、私は人類が農耕を始めた理由って、絶対、麦やコメが美味かったからだと思ってるのね。(笑) どんなに非効率でも、そのために定住や水源の確保などの不便な生活を余儀なくされても、美味いもの食うためなら頑張っちゃうでしょ。人間の欲望は古今東西一緒だと思うよ。

ニューギニア人にコメ作教えたら、大変なことになるんじゃないかな…。とかちょっと思ったけど、肥料という概念もなくて、ブタを飼ってるのに糞を有効活用しようとしない人々にいきなりそれは無理かもしれないな、と思った。

この本が出版されてから何十年か経ち、カナダ・エスキモーの世界同様にニューギニアの高地も本に書かれた内容からだいぶ変わってしまってはいると思うが、願わくば、写真の中の「いい笑顔」だけは、今もそのままでいてほしいな、と思うのだった。


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ここのところ、急速に文明化が進みつつあるニューギニア島。
しかし現在でもまだ、定住生活すらしない流浪の民がいるという。以下は最近のナジョジオ誌の特集記事について。

ニューギニア島の森に生きる人々 最後の洞窟の民―メアカンブット
http://55096962.at.webry.info/201201/article_30.html


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あとニューギニア高地に酒はないらしいよ。
サトウキビはあっても酒はないらしいよ! 人間のいるところどこでも酒がある、っていうのは嘘らしいよ! はい酒飲みの言い訳論破。酒なくても生きられるから。

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