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zoom RSS ”ハワイ王国は略奪された” ― ハワイ最後の女王の生涯とアメリカ合併

<<   作成日時 : 2013/09/30 00:10   >>

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かつて、西洋列強と呼ばれる国々が、各々の帝国主義のもと、アジアの果てまで貪欲な手を伸ばしてきた時代があった。

イギリスは中国でアヘン戦争を起こし、インドとオーストラリアを併合した。

アメリカはインディオの土地を根こそぎ我が物とした。

スペインやオランダも、スペインやポルトガル、フランスなども、アフリカやアジアを片っ端から蹂躙していった。

そんな時代の中で、ハワイという島国も、列強の間で弄ばれた挙句、アメリカに併合されることとなる。
これは、ハワイ王国最後の女王の生涯の物語。



ハワイ王朝最後の女王 (文春新書)
文藝春秋
猿谷 要

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タイトルを見て、そういやハワイってむかし王様いたよなー なんて軽い気持ちで手にとった。
そしてハマった… うーん、いやなんていうか。色々知らなさ過ぎたよ…。


ハワイといえば、バブル以降のリゾート地のイメージが強く、「♪南の島の大王はーその名も偉大なハメハメハ」なんていう歌をしっているくらい。イギリス、フランス、アメリカの間で取り合ったことはなんとなく知っていても、それ以上の興味はなく頭に入っていなかったので、ほぼ知識はゼロに近いところからの出発だ。

まず知らなかったのが、かつてハワイは、日本からの居住者を多く受け入れていたという事実。外貨獲得の手段として、さとうきびのプランテーションを開始。しかし、外国人の往来が激しくなったため、天然痘やコレラなどの疫病もたびたび発生し、人口が激減。足りない労働力を補うため、海外から多くの移民を受け入れるようになっていたのだ。

19世紀当時、プランテーション農場での生活は過酷を極めた。奴隷と評されたほどである。「あこがれの ハワイ航路♪」どころではない。日本からの移民たちは、半ば密航するような形で金を稼ぎにやってきていた。
だから今もハワイには日系人が多くいる。アジア人の占める割合は、じつにハワイの半分近くまで達していたという。

日本とハワイの関係は、こうして始まった。
最初は、日本人にとって「出稼ぎ先の一つ」でしかなかったが、やがて定住者が増えるにつれ、ペルーやチリのような南米諸国と同じく、日本人の血が染み込んだ国になっていく。




さて、この本の主人公は、ハワイ王国最後の女王、リリウオカラーニ。
彼女の数奇な生涯については、ぜひこの本を読んで下さいということで…。

ハワイが王国として成立し、自覚を持ち始めたのはヨーロッパから人が流入しはじめてからのことで、カメハメハ大王以降のことであるらしい。しかしハワイの歴代王たちは非常に短命で、だいたいみんな50代で没しているから、在位は長くても10年ちょっと。カメハメハ大王からリリウオカラーニの退位までわずか百年だ。

その百年の間に、ハワイは国になろうとした。
国歌がなかったときはイギリス国歌で代用してて、自国の歌が欲しいというので作ったのが、こちらのハワイ・ポノイ。女王の兄カラカウアの時代だという。

http://www.youtube.com/watch?v=1pzS_lrocjg

国王の宮殿も、女王の兄の時代に作られた。王権が確立され、ハワイ人が自らのアイデンテイティを意識しはじめた時期だったのだ。しかしそのために、ハワイは虚しくもアメリカに合併されることとなる。

もともと、プランテーション農場によって得た利益の大半は、経営者であるよそ者の懐に入る経済事情があった。それに、国として若いハワイは、アメリカやヨーロッパから渡ってくる技術者や文化人の助けを借りずに国の体裁を整えることが出来なかった。教育機関も整備されておらず、ハワイのもとからの住人の学力水準は低い。

アメリカにとっては、御しやすいコマだったはずだ。
ヘタに国民意識など向上されて、他国に利用されてはかなわない。

太平洋戦争のために足がかりが欲しかったアメリカは、ハワイを他国に渡したくなかった。強引に女王を退位させ、合併してしまう。そして作られたのが、あの、日米開戦の発端となった「パール・ハーバー」だ。

当時のハワイ人はなんと思っただろう。
自分たちから国を奪ったアメリカを爆撃した日本に、むしろ喝采したかもしれない。しかしあの戦争の始まりに必要な、ハワイのもとからの住民の思いを今は知ることが出来ない。


独立を失う前、ハワイは日本とは友好的な関係にあったようだ。
もともと、カラカウア国王はアメリカを牽制するために日本に近づこうとしていた。日本訪問の際にはひそかに王女と皇室メンバーの縁組が出来ないか申し入れていたという。白人よりも日本人移民を多く受け入れていたのも、そのためだ。
しかしハワイは日本から遠かった。そして日本は、アメリカほどの資源も人も持ち合わせていなかった。

日本は最後の女王となったリリウオカラーニを支援することは出来ず、アメリカの暴挙を非難するだけに終わる。


この本は、著者のありあまる思いの詰まった一冊となっている。
やや感傷的ではあるが、読み終わったとき少し涙が出そうになったのは確かだ。

歴史に「もしも」は無いが、ほんのちょっと選択が違っていれば、結末は大きく変わっていたはずなのだ。

ハワイが独立を保ったままでいられる選択は、存在しただろうか?
戦力も人口も違い過ぎたので、最初からアメリカに抵抗するのはムリだった。軍隊も平和のために解散させてしまっていた。
アメリカまたはイギリスの息のかかった官僚の助けなしには、人材不足で国家の運営はおぼつかなかっただろう。
日本と完全に同盟していたらどうだったのか? 日本も人材は不足していた。そしてまた、日本は太平洋戦争に最終的に勝利することはできなかった。

イギリスとアメリカ、双方に媚を売りつつ中間を保てればよかったかもしれないが、それができるだけの人材がハワイ王室には備わっていなかった。せめて女王の周囲の人々があと10年、存命していれば、結果は変わっていたかもしれない。時期女王とされていたカイウラニ王女とイギリス王室を縁組させるとか…。

結果として女王の退位と前後して、王室の主要メンバーはみなこの世を去り、次期女王となるはずだったカイウラニまで逝ってしまい、王室は途絶えた。ハワイを愛し、繁栄を願った女王の思いは実らなかった。そして今、ハワイは、単にアメリカの「51番めの州」と呼ばれている。


アイルランドやスコットランド、そのほかの様々な国の場合もそうだが、「ひとつの国が終わる時」は、とても悲しい気持ちになる。合併は結婚で比喩されるが、強国による小国合併はほぼ例外なく、苦しみを伴う政略結婚だからだ。

単にリゾート地としか思っていなかったハワイが身近になるとともに、歴史の新たな一面を知ることが出来た、有意義な一冊だった。


*******

ちなみに、有名なアロハ・オエを作ったのも、この本の主人公 リリウオカラーニ女王だそうだ。
http://www.youtube.com/watch?v=59yKqBhyrFg

今まで曲は知っていても、特に何も感じなかったが… 背景を知ると「そういう意味だったのかー!」という気持ちになる。

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