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zoom RSS モチェの土器 これはほんとにチャスキなのか?

<<   作成日時 : 2013/09/23 00:10   >>

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リマで訪れた、天野博物館。

残念ながら、行った時の説明員が素人さんだったので期待していたほど楽しめたわけではないが、説明員に聞いて答えのもらえなかったものは自分でぽちぽち調べてみている。
今回は、当時いちばん気になった、チャスキについての内容。

天野博物館には、プレ・インカ時代(主にチャンカイ)の収蔵品が多数ある。
その中にモチェ文化の壷があり、説明が「チャスキ(飛脚)」になっていた。

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いやー、確かにさ。走ってるみたいに見えるんだけど、これほんとにチャスキなんだろうか。
頭に飾りつけて走るチェスキっていないような、っていうか邪魔だよね…。

チャスキの絵といえば、インカ・ガルシラーソのこれが有名。

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こういう格好なら納得できるんだけどな。
壷の絵は何かの儀式の演技者とか、競技の選手ではないのかという疑問。

もう一つ、そもそもインカ道はその名の通り広大な帝国内を結ぶ情報網としてインカ皇帝が命じて作らせたもので、モチェ文化の頃にはインカ道ってまだ無かったんじゃないの? という疑問。


いちおう、インカ以前の時代にも街道はあり、インカ道として再利用された部分もあるとはいう。

いわゆるインカ道のネットワークである。この道路網の実態の一部は、若くして他界した考古学者ジョン・ヒースロップ(John Hyslop)がオートバイと自らの足に頼る踏破の末明らかにした。それによれば、帝国を縦走するような形で、海岸沿いに一本、山の中に一本 幹線道路を配備し、その両者を結ぶような形で東西方向に副次的な道路が設けられているという。総延長4万キロにも達する。ただしこれらすべてが、インカの手によって新たに建設されたものというわけではなく、インカ以前にさかのぼる街道なども再利用されたようだ。

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ただ、街道があったからといって、インカ時代と同じ役割を持つチャスキもいたとは限らない。チャスキがそこを長距離走れたのは、途中に食料などを備蓄した中継地点が整備されていたからだ。どうしてこの絵がチャスキとされたのか、モチェはインカのチャスキに似たシステムを本当に持っていたのか。腑に落ちない。

いや、さすがに個人経営とはいえ博物館に飾ってあるものなんだから、専門家の鑑定を経て説明書きつけてるんだと思うんだけど。頭にこんなでっかい飾りつけて走るチャスキはいないんじゃないかなーとかなんとか…。

なんか自分の知識が足りないのかなーと思ってたけど、調べてみてもやっぱり腑に落ちない(´・ω・`)

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