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zoom RSS ペルー訪問 宿題コーナーめも。プレ・インカ〜 ワヤガ側周辺

<<   作成日時 : 2013/09/01 00:10   >>

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天野博物館で係の人が説明できなかったので自分で調べることにしたよ!
イヤミじゃなくて、自分で調べたほうが頭に入るからな。

まず、メモって帰ってきた「HUALLAGA」は遺跡の名前じゃなくて地域、というか川の名前だった。
ワヤガ川 上流地域。

関係しそうな論文

http://www.deepdyve.com/lp/left-coast-press/archaeological-investigations-at-sajara-patac-in-the-upper-huallaga-8BYLTWwnZ1

松本雄一
ペルー、ワヤガ川上流域における一般調査と遺物の分析 (2006.6-9)


たどっていくと、確かにインカに繫がる流れが見えてきた。

インカはアンデス山脈の太平洋側、つまり西側に領土を広げていった帝国だったけど、インカ以前の文化は、アマゾン側の文化ともつながりを持っていた。
たとえば、チャビン・デ・ワンタル。チャビンのレリーフに見られる動物のモチーフは、アマゾン地域の強い影響を受けて成立している。チャビンは紀元前1200年頃。

そのチャビンに先立つアンデス東側の文化が、ワヤガ周辺にある。

ワヤガ周辺にある代表的な遺跡として、付近にはコトシュ(Kotosh)がある。「交差する手の神殿」で知られる遺跡。アンデスの東側、つまりアマゾン側にありながら、かつては南米最高とも言われた文明。紀元前1800年頃。


もちろん、ほかにももっといろんな文化、研究中の都市の遺跡なんかがペルー周辺にはたくさんあるわけだけど、それら「プレ・インカ」の集大成として最後に登場してくるのが「インカ帝国」なんだな。

インカは、アンデス文明の最後の100年を輝いた、いちばん最後の、集大成としての文化。
それは、あたかもローマがそうであったように、征服した周辺部族の持つ技術、伝統、文化を吸収し、融合させて生まれた「帝国」だったんだ。



…というアレですよ、色々と頭のなかでピースが嵌まりました。
アマゾンか、アマゾンに何でプレ・インカの遺跡があるんだろうって疑問に思っていたけど、場所と時代がやっと繋がったよ。


あと、アマゾンの文明はマヤにも繋がっているわけだけど、ちょろちょろ調べていたら面白い情報を見つけたのでメモ。

「マヤ文明は、オルメカの影響を受けて成立した後継文明ではなく、近隣の文化との相互関係によって成立してきた」

…オルメカじゃないんだ! 昔はオルメカの後継って言ってたのにな、今は説が変わってるのかー。サイト書きなおさなきゃ(汗
考古学も、情報が更新されると学説が変わっていくからなあ…。

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