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zoom RSS 自称・登山家の栗城氏が凍傷で指を切断するらしいのだが…

<<   作成日時 : 2012/11/05 20:45   >>

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ほうぼうで非難轟々なのを見ているうち、私もなんか語りたくなったので書いてみる。

#ブログがメンテの間に、良い感じに日数が経って
#ほとぼりもある程度冷めただろうからちょうどいい。


栗城史多という人の話である。
テレビのバラエティーでちょっと有名になっちゃって天狗になってた自称登山家なのだが、アマチュア・プロ双方ともの登山家に非常に評判が悪い。視聴者の無知につけこんで、さも凄いことをやってるように見せかけているからというのもあるし、技術不足が招いたピンチを美談にしようとしてるのもイラっとするっていう。
私もド素人だけど、彼は登山家じゃないと思ってる。

テレビに出て派手にやってるから悪いんじゃなくて、大口叩くのが気に入らないんでもなくて、彼のやってるのは、そもそも登山じゃない。

  登山とは いかにして危険な場所から無事生還するかの

 「生きる技術」を競うスポーツです。



技術不足のヤツが無謀な山登りやって毎回ピンチになって、なんとか生き残りました俺SUGEE! とか、それもうただのDQNだよね。

テレビのバラエティー的には、ムチャやってくれて、ピンチな目に遭ってくれるほうが嬉しいんだろうけどね。
危険回避能力が登山の必須技術だろう。つーか、危険な目に遭った時の適切な対処方法を知ってるか/取れるかってのが一番難しいところなんだってば。熟練の登山人でも霧にまかれてついパニックになって足を滑らして死ぬ、とか毎年ありますよ…。
何度も事故起こして、とうとう指切断とか、さすがにこれは無いです。

海外旅行の時も登山の時も、いつも言っているけど、危険なことをやって「たまたま」死ななかったのなんて何の自慢にもならない。むしろ恥じろ。
いかに安全に旅をして、死なずに無事に戻ってくるかを誇ろうぜ。


もしこの人を見て登山に憧れて山やってみたいと思った人がいるなら私は止める。
絶対にやめろ。遭難して人に迷惑をかけるな。家族や仲間を心配させるな。


登山ブームなんて煽って、間違った登山家の姿をさも正しいように報道して、それを信じてしまった一般人が生半可に手を出して毎年何百人も遭難している。山やってる人なら誰でも、どこの登山道にも点在する慰霊碑や小さなお地蔵さんのことを知ってるよね。いつも行ってる山で毎年だれか死ぬか、死にかけてるんだよ…。自分も運が悪ければ死ぬこともあるよな、とか思いながら歩いてる人たちが、DQNの山登り見て「うわーすごーい」なんて言うわけねぇじゃん。

たかだか1000mの山でも、人は簡単に逝っちゃう。普段2000m以下しか行ってない私ですら、ガスに巻かれて「やべえwwwwwいま鎖場なんすけどwwww足元みえねえボスケテwww」とか、山頂付近でパーティーメンバーがぶっ倒れて「うはwww回復しなかったらビバークwwwおk簡易テントだすwww」とかいうメに遭ったことがある…。

それを単純に「批判してる奴は嫉妬してるんだろ」と片付けてる人たちは、ほんとに何も分かってない。
君らは生半可な気持ちで山に行っちゃう人の命に責任が持てるのかと小一時間。



あと、高い山登れるのがエライわけじゃないよ?
バカみたいに海外の高い山にばっかり挑んでるのは何様なの、と思う。低い山でもナメてかかると簡単に死ぬんだよ、山の難易度は単純に高さじゃないし。日本の山もマトモに登れない奴が世界一の山とかマジありえないでしょ。


ちなみに日本の山は、意外と難易度高い。

柳田國男も書いていたように「日本の山は高からず、されど深山が多い」。高くはないんだけど山がいくつも連なっていて平野部(町)と山との間には世界の境界線がある。高い山に登り慣れた海外のアルピニスト様も音を上げることがあるくらいなんだ。日本古来の山岳信仰や、山の神の概念は決して迷信などではない。遥か昔に平野に降りた町の人間からすると、山に登るというのは「あっち側」の世界に行って帰ってくるということを意味する。少なくとも私は、明示的な宗教には属してないけど、うっすらと「山には神様がいる」を信じてる派。

たぶんその感覚、どこの山へ行くにしても、山という異界への敬意と恐れがないと駄目だと思う。多くの登山愛好家がこの人を嫌いな大きな理由って、そこなんじゃないかな。

#まあ敬意持って準備もしっかりしてても、運が悪ければ死にますが。


冒険は、生きて無事に帰ってこそ。自分の知識・技術不足を誇っちゃだめです。


*****
なんか、この人に対する批判をすべて「嫉妬でしょ」で片付けて援護してる人たちを見ていると、私が吉村作治をエセ考古学者だと批判した時に同じ事を言ってきた人がいたなぁ…と懐かしく思う。登山にしろ考古学にしろ、注目を集めることや、名声を得ることが目的ではない。羨ましいと思うはずもない。自分はなりたくない、他人にこうはなってほしくないという危機感から批判されているわけなので、嫉妬なんていう感覚の入る余地がないのです。
嫉妬にしか見えない人は、準備不足や技術不足から失敗を繰り返す恥さらしが、登山家の理想形にでも見えているのだろうか…。

ちぅか危険に挑む俺カッコいい、的な人はほんと山はやめたほうがいいよ。
さいきんほんと遭難事故多すぎなんで勘弁して(´・ω・`)

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