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zoom RSS 東方正教会の修道国家「聖山アトス」

<<   作成日時 : 2011/11/29 00:10   >>

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日経システムズだか何だかに、複数プロジェクトを掛け持ちするSEが長い移動時間中にずっとゲームをやっている話が載っていたと思う。だが電車の中で五時間もゲームするなんて全くの無駄で、読書でもしたほうがだいぶマシというものだ。たとえ明日のメシの種にはならなくても、少しは人生の足しになるはずだ。

というわけで、移動が多くてあまり家に帰れず、図書館に行く暇も無く通販で物資を調達してしまい、年の暮れも近づこうというのに一向にすっきりする気配の無い部屋の中。週末の時間指定でクロネコと佐川と郵便局の配達がハチあったりする、それもまた良し。

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さて今回の本は、日本ではあまり知られていないだろう、ギリシャに今も存在する「修道士たちの国」、聖山アトス。ここには二十ほどの修道院が存在し、共同自治を行なっている。聖なる山を先端にいただく半島は修道国家というべき共同体の所有地であり、警察も病院もなく、パスポートだけでは入ることが出来ず、女人禁制。そういう隔絶された世界になっている。設定だけ書くと、まるでお伽話だ。

エーゲ海の修道士 ―聖山アトスに生きる
集英社
川又 一英

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ちなみに、この「エーゲ海の修道士 聖山アトスに生きる」の著者、川又一英氏は資料の少ない東方正教系のキリスト教について自らの体験に基づいた著書を多数出している。氏の遺作となった「エチオピアのキリスト教 思索の旅」は面白かった。

川又氏はワインがお好きなようで、他の本でもそうなのだが、旅先でとかくよくお酒を飲む。飲みながら食べたものの描写も事細かだ。しかし、このアトスにおいては西方の修道院にはつきものの自家製ワインはあまり無く、食べ物も質素でマズいものばかり。そもそも家畜が全くおらず、卵もチーズも輸入品、動物性タンパクは魚で摂るというから徹底している。


 「生きることは食べること」
 「食べることは大地に鍬を入れ、獣を狩り、他者と自然を傷つけること」


インカの食卓」 を読み、「パンとワインが巡り 神話が巡る」 を読んだあとでは、自ら「食べること」を否定しているアトスの修道士たちは、そのまま「生きること」も否定しているようで私には受け入れがたかった。語り口からするに、たぶん川又氏もそうなのだろう。しかし東方教会はエジプトもふくめ、なぜか「食べる」ことを極端なまでに否定する。食べるものがなく、砂漠で見つけたらくだの糞を踏みつぶして、消化されずに排出された麦の粒を拾って食べたというエジプトの修道士の話など、わけが分からなかったものだ。

冷えて硬くなったパンを食べながら、いったいどんな祈りが出来るというのか。祈りの声だけが響く沈黙の中、冷めたスープを口にして死を思いながら床につく人生は、そもそも生きている気がしないではないか。修道士の生き様は、俗世のありとあらゆる闘争、責任、生きる上で必然と背負う罪から逃げているようにしか思えない。

もっとも、私は修道士ではないし修道士になりたいと思ったこともないから、それが当然なのだろう。生き方が違い、生きる世界もおそらく異なる。否定はしないが理解は出来ない。そういう話である。彼ら修道士とて病気になれば俗世の医者にかかるし、自分たちは獣を殺さなくとも、外界で他人が殺した獣の皮で作った靴を履く。所詮この世はそういうからくりだと、冷めた目で見るだけなのも詰まらない。


人は自分の人生を好きな様に生きることが出来る。
修道士たちが満足して死んでいけるというのなら、彼らのメシがいかにマズそうに見えても他人の口出しすることではない。


本の中では、このアトスという閉鎖された空間に生きる「黒衣の男たち」、すなわちそれぞれの正教会に属する修道士たちの暮らしが語られている。著者は何度も自問する。なぜ何度もアトスを訪れたくなるのか。
その気持ちは分からないではない。私がたまに、そのへんの山にぷらっと登りに行くようなものだろうと思う。俗世を離れる、日常から離れる。手付かずの自然を有するアトスは、人の手をいれようのない、山脈の奥深くの谷間と意味的には似ている。(だから私は人の手の入りまくった富士山などのメジャーな山は好きではない)
アトスは、人間世界と神々の世界の接点…物質文明を極端に否定した、精神世界に近い場所として存在する。

しかし結局はそこにも国家や民族の壁はあり、政治的な問題があり、金銭、財産、物質文明から完全に逃れることは出来ない。それが現実だといわざるを得ない。夢の国は、どこにもありはしないのである。



それからもう一つ。

東の正教会と西のカトリック世界は、十一世紀に「分離(シスマ)」を迎えて以来、対立を続けてきた。東方が優位にあったのは中世の頃までであり、東からイスラム勢力の影響を受けるにしたがい、ビザンティン帝国をはじめとする正教圏の国家は消滅した。
歴史を振り返ってみれば、正教圏は東のイスラム勢力から西欧を守る防波堤の役割を担ったということもできるが、結果的にはロシアを除く正教圏、すなわち旧ビザンティン及びバルカン諸国はトルコの支配下に入ってしまうのである。


西のカトリック(&プロテスタント)諸国にとっては、同じキリスト教といえど東方の正教系はあくまで「異教」であり、経済的にあまり豊かでない国が多いことからも偉大な繁栄はギリシャ・ローマの時代で終わった、と扱われている。エジプトやエチオピアの土着キリスト教もそうだが、同じ「キリスト教」という大枠の中であっても、宗派・派閥による断絶は大きい。現代でもカトリックとプロテスタントの結婚でモメるという話しを聞いたことがあるので、もしかしたら、そのへんの溝は日本の各仏教宗派の間の溝よりはるかに大きいものなのかもしれない。

#というか日本の仏教宗派がテキトーすぎるのかもしれん

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