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zoom RSS 「忘れられたヌビアの王国」―ヌビア黄金時代・メロエ王国の遺跡

<<   作成日時 : 2009/01/19 00:44   >>

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と、いうわけでディスカバリーの「アフリカの古代王国 ヌビア」。

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ヌビアの歴史に関する日本語の良い本がなかなか見つからず興味が満たされることがないのだが、今回はまずまずよい番組に出会えた。


まずは、おさらい。

ヌビアというのは、国の名前ではない。地域名だ。
現在のエジプト南端から、エジプトと国境を接するスーダンの北方あたりの、ナイル河畔の狭い緑地帯がヌビアである。この地域は、ナイル川にアスワン・ハイ・ダムという巨大なダムが作られたことによってナイルの水位が上がり、ほとんどが水没してしまった。河畔に定住していたヌビア人は住むところがなくなって各地に移住を余儀なくされた。また同時に、河畔に築かれた遺跡の多くも水没して失われてしまっている。

ヌビア人は、古代エジプト人はとは人種的に差異があり、アフリカ内部に近い分、エジプト人より肌が黒い。また、ちぢれた黒髪である。
ただし、エジプトに初期王朝が出来る以前から、既に文化的な接触があった。ナイルを通じて交易していた時代もあれば、古代エジプト王国の勢力拡大によって支配下に置かれた時期もあり、また古代エジプトの勢力が衰えた時代には逆に支配しに出向いたりもしている。


ヌビアは歴史を通してエジプトからの影響が大きいため、古代エジプト的な遺跡や遺物が多く残されている。その一つがメロエの「黒いピラミッド」。(タイトル画面にも映っている) 傾斜が急で小型のピラミッドで、エジプト国内にあるピラミッドの約三倍あると言われている。これらは墓として作られたが、小型ゆえに破壊され、中身を根こそぎ取られてしまっている。…破壊行為の大半は、19世紀以降、ヌビアを訪れた西洋人のみなさん。


ビフォー(絵画による昔の姿)

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アフター(現在の状態)

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こんな感じで、黒いピラミッドの大半は破壊された状態なのだが、中には幸運にも破壊を免れたものもあるという。
以前、エジプトには資源がないというエントリを上げたが、エジプトで使われた金は実際はヌビアが産地だった。豊富な金を使った豪華絢爛な金の装飾品が大量に納められているとあっては、欲深い盗掘者たちも手段を選ばなかったのだろう。



と、いうわけで、以下、この番組を理解するための資料。
まずは遺跡の地図。(「大英博物館 古代エジプト百科事典」より)

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番組のメインとなっていたタンゲイルは、矢印のあたり。場所は画面のキャプチャから目測なので、もう少し南の可能性もある。ヌビアの最も有名な遺跡「ジェベル・バルカル」にも印をつけておいた。

もう一つは、ヌビアの歴史年表。
出典は遺跡の図と同じだが、若干レイアウトや文言を変更してある。


【ヌビア年表】

旧石器時代前期 700,000-100,000 BC
旧石器時代中期 100,000-26,000 BC
旧石器時代後期 26,000-10,000 BC
末期旧石器時代 10,000-6000 BC

(アルキン文化)
カルトューム中石器時代 6000-3500 BC
カルトューム新石器時代 4000-3000 BC

急湍地域の伝統(ゲマイ、カダン、アブガンの各インダストリー)
Aホライズン 3500-2800 BC
Cホライズン 2300-1500 BC
ケルマ文化        2500-1500 BC

新王国時代(エジプト支配)        1550-1069 BC

ナパタ王朝        1000-300 BC

エジプト第25王朝(ヌビアによるエジプト支配)
747-656 BC

メロエ時代        300BC-AD350

Xグループ(ノバ、バッラーナ含)        AD350-550

キリスト教時代 AD550-1500

イスラム教時代 AD1500-現在まで


*参考  下ヌビアの文化グループめも


これにヌビアの王名表もあればカンペキだったんだが、…見つからなくてな^^;
ていうか昔からずっと探してるんだよ。うん。誰か持ってたらちょっと貸して。

さて、番組内ではヌビアは数千年にわたって文明が繁栄していたと言われていたが、年表見ると、数千年では計算が合わない。どこからどこまでを想定しているのかイマイチ分からなかったが、とりあえず番組のメインはメロエ王国(紀元前300年〜紀元後350年)のようだった。

ヌビアは女王が強い。
番組のアマニシャケト女王役の人が適役すぎて感動した。まさにイメージ通り。


ローマが攻めてきたぞー!

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迎え撃つ女王

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崖の上から構える弓兵のみなさん

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自作ゲームの白冠ルートで全く同じイベントシーンを作った覚えがありますが。
ヌビアの戦法はやはり「弓兵主体」「崖の上から襲撃してくるイメージ」なのか。


さてメロエ王国では、獅子の神アペデマクなどオリジナルの神がいる反面、エジプトと同じくアメン神が最高位の神として信仰されていて、女王は「アメンの娘」を名乗った。

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番組内で発掘されていた神殿もアメン神に捧げられたもの。
作ったのは「アマニトレ女王」。

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…字幕はマリカルラだけど、そのヒエログリフはメリカーラーじゃないんかな。
ヌビア風に訛るとマリカルラになるんかな、うーむ。そこはよく分からない。

神殿は何者かによって破壊され、火をつけられた可能性が高いのだという。
だがエジプトとの戦いによって破壊されたわけではない。
今回の番組で知ったポイントがここで、どうやらヌビアの古代王国にとってエチオピア人や、紅海を渡ってきた遊牧民族は敵だったらしいのだ。遺跡を破壊したのが正確に誰とはわからないが、アメン神像を執拗に破壊していることからして、同じアメン神を信仰していたエジプト人ではありえない、というわけ。
ヌビアの外交関係はエジプトしか意識していなかったので、ここで新しいベクトルを獲得した。

確かに、ヌビアはナイル川沿いの肥沃な土地に王国を作っていたわけで、移住者や、アフリカ内部からやって来る異民族からすれば「そこ邪魔だからどけ、俺らに土地を寄越せ。」という感覚だろう。ナイルは下流にいくほど肥沃な土地が広い。エジプトなら移住者が来ても住み着く余裕はあるだろうが、上流のヌビアだとそもそも川沿いの平野部が狭いから、キャパシティが低い。土地の取り合いになったことが予想できる。

ヌビアの歴史についてはまだまだ謎が多い。エジプトほど派手な神殿などが残っていないこと、ダルフール紛争に代表されるスーダン国内の不安定な政治状況、ダム建設による遺跡の喪失などの要因が重なって研究が遅れているが、どうか研究者の皆さんには頑張ってもらいたいものである。

たぶん、アフリカって実はスゲェんだよ! ってことが、力いっぱい言えると思うんだ。このへんの遺跡は。

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